いつかかえるところ

□01《戦場の女神》
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鴎暦832年 嵐の月15日
シド元帥がミリテス皇国の実権を握る

これを機に、朱雀と白虎との国境紛争は激化していった









ーーー



「くそっ!魔力が尽きた!クラサメ!お前はっ!?」

「俺はまだわずかに残っている!リヒトお前、エーテルは使い切ったのか!?」


「あんだけ敵がわらわら出てくんだぜ?とっくに無くなったよっ。もう武器は自分の身体のみだ…!」




火の粉の降る瓦礫の山を駆け抜けて行く
水色のマントをなびかせるアギト候補生が2人


クラサメ • スサヤ

リヒト • アオギリ


国境紛争に巻き込まれた町から、朱雀民救出の任務に当たっていたが
ミリテス皇国の兵力と魔導アーマーによる攻撃に、アギト候補生たちは熾烈な戦いを強いられていた。


思い知らされる白虎との兵力の差。

白虎クリスタルの恩恵を受け発展した銃器や兵器。

魔法とは違い、尽きることのない力。



壊された町からは煙が上がり、逃げ惑う朱雀民は白虎の手にかかる。


子供だろうが、容赦ない。


地獄絵図だ。




生きた人は見つからない。
瓦礫の山に倒れるのは屍ばかり。

クラサメとリヒトは足を早める。
一刻も早く、白虎よりも先に見つけなくては。
前方から煙と炎が上がるのが見え、人の叫び声が聞こえてきた。



「クラサメ!あっちだ!急ごう!」



リヒトの掛け声にクラサメは戦火の上がる方へ駆け出して行った。


だが


東方の建物の屋根に人が見えた。



白虎兵。
ライフルだ。



「クラサメっ!!」


リヒトは叫び声にも似た声を上げ、前を行くクラサメに飛びかかると、自身を背にし銃弾から彼を守った。


「リヒト!!?」


ゴロゴロと地面を転がり、リヒトの腕から抜けたクラサメは彼を見る。
銃弾はリヒトの背と腹を突き破り、そこからはドクドクと血が溢れている。


「おいっ!リヒト!!」


クラサメは急いで残りわずかな魔力で彼に治癒魔法をかけた。

だがそれは、彼の体力を一時的に回復したのみで、傷は塞がらない。血も止まらない。



「…そんなっ…!どうしたらいい…!」

早くっ
早くっ!
リヒトを助けたい


「ははっ…クラサメ…。俺、終わりかな…?」


「なにいってんだ!助けるさ!必ず
…!」


「だってよ…もう…魔力、ねえんだろ…。俺もお前も…」



リヒトが言葉を発するたびに、彼の腹からは血が吹き出して止まらない。


「リヒト!しゃべるな!血が…!」
「しゃべらせろよ…。最後なんだぜ?お前の記憶に少しでも残りてぇだろーが…」


記憶に残ることはない。
分かっていても、そう願わずにはいられないから。


「…待てよ…死ぬみたいなこと言うな!」



こいつとはそこそこ長い付き合いだ
。訓練生の時からになる。

気さくで誰とでも打ち解けられる、ムードメーカー的な彼と
人とはあまり関係を築こうとしない一匹狼的なクラサメでは、凸凹コンビだった。

はじめは犬のように付きまとうリヒトに少々嫌気がさしていた。

一度言ったことがある。
「なんで俺に付きまとう?お前なら似合う奴が他にいるだろ?」

彼は言った
「お前がいいんだよ。俺の事信用してくれるまで付きまとうから」


しぶとかった。
彼がなぜ俺に付きまとったのか本当の理由はわからなかった。
でも過ごすうちに分かった。
彼は裏切らないし、自分を認めてくれている。
なにより、心地よかったんだ。
彼といる自分が自然だった。
それも、犬のような彼だからこそだと思う。





人付き合いが好きではなかった彼が、心を許せる友をもった。



失いたくない。




死に対してシビアでいなくては軍人にはなれない。
だが、彼は今ひとりの少年。
ひとりの人間に戻ったんだ。






「お前…早く逃げろよ…さっきのライフル…また…くるだろ…。もう、護って、やれねーよ…」


「…護らなくていい。俺がお前を護る…!」


建物の屋根からライフルを持った白虎兵が姿を現す。

クラサメは剣を握りしめ、横たわるリヒトの前に立ちはだかった。

太刀打ち出来ないのはわかっている。
だが、こうする他にない。



白虎兵がライフルを構え、標準を合わせると、クラサメ目掛けて一発を放った。


それとほぼ同時だった。


クラサメの前に透明な分厚い壁が出来たんだ。


「!!?」


気づくとクラサメの数メートル左手にファイガを放つアギト候補生がいた。

彼女の放ったファイガは建物の上の白虎兵に命中し、その身を紅蓮の炎に包んだ。


そして彼女は横たわるリヒトに駆け寄ると、鬼のような速さの詠唱時間でリヒトに治癒魔法をかけはじめた。

みるみるうちに血が止まり、傷が塞がる。

リヒトの顔色も赤みが差してきた。



「よかった…間に合った…」



彼女はため息のようにそう言葉を漏らすと、安堵の表情でリヒトを見つめていた。
まるで慈しむように、子供を見守る母のようにも見えた。


「はぁ…俺、生きてんじゃん…。君、まるで女神だね…戦場の女神」


「傷ついた候補生のみなさんを助けるのがわたしの務めですから、当然です。」



そう言って彼女は立ち上がると、クラサメのもとに近づき、先ほどのリヒトが受けた銃弾の流れ弾の傷を治し始めた。
自分が怪我を負っていたとは知らずに、ただぼおっと彼女を見つめていた。


「他に痛むところはありませんか?」


「…あっ、いや、大丈夫だ。ありがとう…」



彼女はにこっと笑った。
こんな血なまぐさい戦場に似つかわない愛らしい笑顔だった。
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