彩雲国物語

□李絳攸
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夜も遅く更けた頃、私は眠れずにいた。あまりにも眠れぬ為、床から抜け出し台所へと向かう。

温かい飲み物を用意し、月を見ながら飲んでいると人の気配がし、振り返ると義兄の李絳攸が俯いて立っていた。

「…絳攸兄様。どうしたの?」

「…お前と同じものをくれ」

「わかった」

兄様の言葉に頷きつつ、私が飲んでいるものと同じものを入れ、兄様の前に置く。兄様は置かれたものを飲む。すると、暗かった表情が一転。怒りの表情を浮かべた。

「琳音!!酒を飲むな。と何度言ったらわかるんだ!!いくら強いとはいえ、体に悪いっ!」

うっ…やっぱり怒られたよ…。

「ご、ごめんなさい…。どうしても眠れなくて…」

その言葉に兄様は小さくため息を付いた。

「…それなら仕方ないな。怒って悪かったな」

「いいの。約束を破った私が悪いんだから」

そう言った私を兄様は苦笑いをしながら見つめ、手元の酒を飲み干した。

「おかわりをくれ」

…兄様って、お酒弱かったわよね…?大丈夫かしら…

「う、うん。でも、兄様ってお酒弱かったわよね?大丈夫…?」

「ああ、別に大丈夫だ。今は飲みたい気分なんだ」

…珍しいわね?何かあったのかしら…?
兄様の前におかわりを置きつつ話しかける。

「今日は綺麗な満月ね」

「ああ。さっきまで部屋に籠っていたのがもったいない」

「籠っていたの?」

「ああ。仕事が終わってなくてな」

「そうなの。官吏は大変なのね」

そう言うと、兄様は深くため息をついて疲れた表情を浮かべた。

「…せめて黎深様がもう少し仕事をしてくれたら、楽なんだがな…」

「…それは無理よね」

「…ああ。おかげで主上の近くにいれる時間も少なくてな」

…それは、兄様が迷っている所為もあるからではないかしら…でも、お城での兄様を見たことのない私にはわからないけれど。今度、楸瑛さんにでも聞いてみようかしら?

「…琳音?」

「あ、ごめんなさい。ねえ、兄様。主上ってどんな方なの??」

そう言うと兄様は少し考え込んだ。

「そうだな…。犬みたいな人だな」

「犬…??」

「ああ。人懐っこくて1回信じた人のことは絶対に裏切ろうとしない。孤独を嫌って人といることを望む。そして、静蘭様と秀麗大好きだな」

なんだか、面白そうな人だな〜。会ってみたいかも。

兄様は色んな人のことを話しながらどんどんお酒を飲んでいく。おかわりの隣にお酒の瓶を持ってきておいたのだけれど、そのお酒の瓶がもう空になっている。

「琳音、悪い、おかわりをくれ」

…え?まだ飲むの?兄様、本当に大丈夫かしら…。

「う、うん。はい、どうぞ」

兄様にお酒の瓶を渡すと、即座に杯に注ぎ飲み干していく。あ、あんなに飲むと、酔いつぶれちゃうんじゃ…

「琳音、最近どうだ?」

えっと…勉強のこと、かしら?

「勉強なら順調よ。面白いし楽しいし。そのうち、塾の師を始めようと思っているの」

「そうか。危険のないようにな」

「ええ、もちろんよ。と、ところで、兄様?」

「どうした?」

2本目のお酒の瓶の中身がなくなろうとしているのを確認し、兄様に話しかける。

「最近、何かあった?黎深様とか主上とかのことで」

そう聞くが兄様の表情は全く変わらない。なら、どちらかではないのだろう。その2人でないとすれば…

「それとも、楸瑛さんと何かあった?」

またも、兄様の表情は変わらない。

「……もしかして、秀麗さんと何かあった、とか?」

そう言った途端、兄様が慌て始めた。なるほど、秀麗さんと何かあったのね。

「い、いや、べ、別に、な、なな、なにもない、ぞ?」

物凄い慌てっぷり。何があったのかしら?

「そうなの?なら、どうしてそんなに慌てているの?」

そう言うと兄様は顔を真っ赤にした。なんか、いやね。

「い、いや、慌ててなど、いない!!」

「慌ててるわよ。それにしても、顔真っ赤にして、もしかして結婚話でも持ち出された?」

「…っ!?」

そう言うと、兄様は固まってしまった。…え、本当に結婚話を持ち出されたの!?

「…絳攸兄様…?」

そう呼ぶと、兄様は何かを決めたような顔をした。

「…玖郎様に秀麗との結婚話を持ち出されたんだ」

やっぱりそうなのね。でも、どうして…?

「紅家当主を引き継きつぐ条件として、秀麗との結婚をあげられた」

…なるほど。

「…俺は、黎深様の役に立てるのなら紅家当主でも何でも引き受ける。だけど、秀麗との結婚だけは、無理だ…」

無理?どうして…?


「楸瑛が前にある1人の女性に対して、触れたい。とか隣にいたい。とか笑っている顔が見たい。とか思ったらそれは恋だと言っていた」

兄様は急に関係のない話を始めた。それがどうしたというのだろう?

「そして、俺はそういう風に感じる女性が1人いる」

え…?兄様が恋を…?そんな、まさか…

「それはお前だ、琳音」

え!?えぇぇぇぇ!?

「わ、私!?」

「義妹とか関係なく、俺は1人の女性としてお前に恋をしているらしい。だから、秀麗との結婚だけは無理だ」

……に、兄様!?

「なあ、琳音。返事を聞かせてくれよ?」

兄様は隣に座っていた私を引き寄せ、そう囁く。

ち、近い…。吐息が……

「琳音?」

そうトロンとした目で問いかけてきた兄様が急に私の方に倒れてきた。一瞬焦ったが、机の上に置いてある酒瓶を見て思い出す。兄様は酔っ払っているということを。

…きっと酔っ払っている故にあんなことを言ったのだろう。だって、有り得ないもの。兄様が私のことを好きだなんて…。昔から兄様は私のことを妹扱いしかしてくれなかった。だから、女嫌いになったあとでも私のことを相手してくれていたし、触らせてくれた。

私は兄様のこと、ずっと大好きだったけれど、兄様はきっと私のことを妹としか見ていないだろう。だからきっと、さっきの言葉は酔った故の言葉なのだろう…


「……でも、本当であって欲しかったな……私、兄様のこと、愛してるから……」

私は、実は兄様が起きていてその言葉を聞いているとは思わなかった。

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