桜が舞い藍が散る
□過剰な歓迎会
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紅家貴陽邸は相変わらずど派手で後宮の派手さを見慣れている藍華でさえも溜息をつくほどだった。しかし、今はそんなことより……
「ここはどこなのー!?」
「藍華、急に叫ばないでください。驚いたでしょう」
そう。絶賛迷子中である。理由は簡単。案内係が超方向音痴な李絳攸だからである。貴陽邸をさ迷ってはや半刻。藍華はそろそろキレ始めていた。
「だって、もう半刻も経っているのよ!?というか、この邸はどうして家人や侍女が一人もいないのよ!?」
「す、すみません…。今、侍女や家人たちはみな宴の方に行っていまして…」
藍華の心からの叫びに絳攸は慌てて謝る。
「いえ、いいのよ。絳攸が謝ることではないの。すべては黎深の所為なのだから!」
「本当にそうよね。藍華姫、随分さ迷わせてごめんなさいね。案内に来たわ」
藍華の言葉に肯定した人を4人は揃って見た。そして、絳攸と藍華は嬉しそうな顔を、清雅は嫌そうな顔を、玉は不思議そうな顔をした。
「…百合姫〜!!お久しぶりです!元気にしていましたか??」
飛びつかんばかりに喜び藍華を見て百合は困ったような嬉しいような顔をした。
「ええ、元気にしていたわ。とりあえず、広間に行きましょう?話はその後よ」
百合の言葉に藍華、清雅、玉は心底安心し、着いていった。
宴が行われている広間に入って真っ先に富んできた言葉が黎深の「遅い!」だった。
それを聞いた藍華はぶっちりキレてしまった。
「煩いわね!急に呼び出しておいて。まだ仕事終わってないのよ?本当は貴方なんかに付き合っている時間はないの!それでも、わざわざ来てあげたのに、何よその言葉は!?そもそも、人のこと呼びつけるなら貴方が迎えに来なさいよ!絳攸に案内させるとかどういうことなのよ!?絳攸に案内させたら着くのが遅くなるのは分かっているでしょう!?貴方は阿呆なの!?」
一息で言い切った藍華に呆れる者、感心する者、楽しそうに笑う者、苦笑いする者など、その場にいた者たちの反応はバラバラであった。
「何だと!?お前は誰に向かって口を聞いている!?」
「仕事をしない姪馬鹿兄馬鹿の紅家当主兼吏部尚書様よ!」
黎深の反撃に藍華も応戦する。
「仕事をしなくて何が悪い!別にあんなもの私がやらなくても困らないだろう」
いや、悪いよ。困るよ。とその場にいた者はみな内心ツッコミを入れた。
「悪いし困るわよ!貴方、いつも絳攸がどんだけ苦労しているか分かっているの!?」
「そんなのは、絳攸がいけないんだろう。あんなの私にかかれば半日で終わる」
「なら仕事しなさいよー!!!」
藍華をますます怒らせることしか言わない黎深に流石にその場にいた者たちは焦り、玉に助けを求め始めた。
「欧陽侍郎、止めていただけませんか?」
「ああなってしまったら藍華姫を止めるしかないんです」
その場に何故かいた、景柚李や紅邵可に頼まれ玉は苦笑いを浮かべる。そこへ黄奇人から「頼む」と一言言われ、玉は困った顔をした。
「止めたいのは山々なんですが…あそこまでキレてしまうと私には止められないんです…」
玉の言葉に一同は意気消沈するが、すぐに清雅が藍華の幼なじみだということを思い出し、清雅に頼み込む。
「確か、清雅君って藍華姫の幼なじみなんですよね?止めていただけませんか?」
清雅に必死で頼み込む一同を見た玉は苦笑いして皆を止めた。
「清雅君には無理です。彼は藍華姫を怒らせることは出来ても止めることはできませんから」
玉の一言に一同はまた意気消沈した。
「…止められる人は実は1人だけいるんですよね」
玉が小さく呟いた言葉に意気消沈していた一同は飛びついた。
「誰です!?今すぐ呼びましょう!」
「いや、今すぐ呼ぶのは無理です。あそこまで怒った藍華を止めることが出来る唯一の人は藍家当主の藍雪那殿だけですから」
玉の言葉に一同はどん底へ深く沈みこんだ。もう駄目だ。と…しかし、そこへ楽しげな声が響いた。
「姫、そんなに怒ると体に悪いよ」
その声に黎深と論戦を繰り広げていた藍華が振り返る。
「月!?なんでここに!?」
「フフッ。なんでって、姫の即位お祝いに来たんだよ」
ニコニコと笑って答える藍雪那を見た傍観者たちは、救世主が現れた!とどん底から復活した。
「ありがとう!月、大好き!」
コロッと態度を変え、月に抱きついた藍華に、玉、清雅、黎深、百合以外は、驚愕の表情を浮かべた。玉と百合は苦笑いを浮かべ、清雅、黎深は心底嫌そうな顔をして舌打ちをした。
「フフッ。私も大好きだよ」
笑顔でそう言った月にイラついたのか、黎深が藍華を月から引き剥がした。
「藍華に引っ付くな!」
「ちょっと、黎深!私の安らぎを奪わないでよ!」
また喧嘩になりそうになった2人に傍観者たちはヒヤヒヤしたが、月の「姫、ダメだよ」という一言で喧嘩にならずに済みまたも驚くのだった。
「さあ、落ち着いたし宴を始めようか」
頃合を見計らい百合がそう告げた。その後は黎深と藍華が喧嘩になることはなかった。
「鳳珠様に柚李様、お久しぶりでございます。お元気にされていたでしょうか?」
平常心に戻った藍華は宴に来ていた知り合いたちに挨拶回りを始めた。
「はい、お久しぶりです、藍華姫。ご即位おめでとうございます。先程はヒヤヒヤさせられましたよ」
「即位おめでとう。お前、少しは丸くなれ」
柚李と鳳珠の呆れたような言葉に藍華は苦笑いした。
「ありがとうございます。御迷惑をお掛けしてすみませんでした。黎深相手ですとつい怒り気味になってしまって」
藍華の言葉に今度は柚李と鳳珠が苦笑いするのだった。
「飛翔、お久しぶりです。相変わらず大酒飲みですね。仕事はちゃんとしていますか?」
藍華の挨拶に共にいた玉があからさまに嫌そうな顔をして答えた。
「ええ、相変わらず飲んだくれですよ。この上司ときたらいつもいつも飲んでいてさっぱり仕事をしなくて…」
まだまだ続きそうな玉の小言に藍華は苦笑いを一瞬浮かべ、厳しい顔をした。
「お酒を飲むのはいいですが、仕事はきちんとしてくださいね。してくださらないと、お酒持ち込み禁止令出しますから」
「いやちゃんと、仕事してるぜ?だから禁止令は出さないでくれ!」
「それは飛翔によります。これ以上、玉に迷惑をかけないでくださいね」
黒いものが滲みでる微笑みを浮かべると言い訳する飛翔を残し、去っていくのだった。
「邵可様、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです。藍華姫、ご即位おめでとうございます」
「いえ、ありがとうございます。秀麗殿、静蘭殿もお変わりないでしょうか?」
「ええ、変わっていませんよ。相変わらず元気です」
「それは良かったです。邵可様、体調など壊されないようお気をつけくださいね」
和やかな雰囲気が流れるそこに周りは少し和むのだった。
「…玖狼様ではないですか。貴陽にいらしていたのですね」
藍華は邵可の隣にいる人を見て、驚いたような顔をした。
「主上のご即位を祝いに来ておりました。主上、ご即位おめでとうございます」
「ありがとうございます。玖狼様、お変わりないようで良かったです」
「主上もお変わりないようで。それにしても、先程は黎深兄上が御迷惑をお掛けしました」
「いえ、私にも非がありましたから。玖狼様が謝らないでください」
藍華は黎深以外の紅家とは比較的仲がいいのである。
「あ、百合姫」
「藍華姫。先ほど言えなかったので、ご即位おめでとうございます」
「ありがとうございます。百合姫、相変わらずお忙しいのですか?」
「ええ、黎深が中々仕事をしてくれないものですから」
「…相変わらずなのですね。今回は貴陽にどのくらい留まられるのですか?」
「少し長めに留まろうかと思っています」
「それならば、一度後宮に遊びにいらしてくださいね」
穏やかな微笑みを浮かべる2人に周りは釘付けになるのだった。そして、それを見た清雅と黎深が舌打ちをしたのは言うまでもない。
藍華は挨拶回りが終わり、清雅と月と玉とのんびり過ごし始めて少し経った頃。黎深と飛翔が何やら言い合いを始めた。そして、その言い合いは酒飲み比べに発展した。そして、何を思い立ったのか、飛翔が急に藍華たちを呼び寄せた。
「おい、藍華と玉。お前ら酒強いよな。飲み比べに参加しろ」
「嫌です。何で貴方たちと飲み比べしなきゃいけないんですか」
「私も嫌よ。向こうで静かに飲んでいたいの」
「いいから参加しろ。おい絳攸お前も参加しろ」
「なら楸瑛、君も」
そんなこんなで気がつくと宴に参加している者ほとんどが飲み比べに参加していた。
「楸瑛、いたのね」
参加者の中に楸瑛を見つけた藍華は苦笑いを浮かべて話しかけた。
「藍華姫、挨拶しに来てくれないなんて酷いじゃないですか」
「いるの気がつかなかったのよ、ごめんなさいね」
藍華の言葉に楸瑛は仕方ないなぁ〜。と言った風情で笑った。
のんびり話しながら始まった飲み比べ。1人の摂取量が大体2本になったあたりからどんどん脱落者が出てきた。しかし、発案者の飛翔、黎深はもちろん、玉や藍華、邵可などはまだまだ平気そうだ。
「藍華、まだ大丈夫ですか」
玉の質問に全く酔っていない藍華はまだまだ大丈夫だ。と答えた。
「藍華姫、お酒お強いですね」
飲み比べに参加していなかった柚李が話しかけてくる。
「ええ、そうみたいですね。普段あまり飲まないですし、飲むときは玉か飛翔とだったので全く気づきませんでした」
藍華の答えにその2人と飲んでいたなら気づかなくても不思議ではありませんね。と柚李は苦笑いを浮かべながら答えた。
藍華は柚李と話しつつもどんどん飲んでいく。脱落者が増え続け気がつけば、まだ酔いつぶれていないのは飛翔、黎深、玉、藍華、邵可のみとなった。
ちなみに酒の濃度はどんどん高くなっていっている。しかし、5人はものともせずに飲んでいた。
酔いつぶれた者たちは飲み比べに参加していない者に甲斐甲斐しく世話された。ある者は軒で家まで送られ、ある者は別室に寝かされ。非参加者たちは忙しそうである。
酒の濃度がかなり高くなってきた頃、黎深が脱落した。そして、それに続くように飛翔も脱落した。
「あれ、発案者2人とも脱落しちゃったじゃない。玉、邵可様、飲み比べ辞めますか?」
「そうですね、辞めましょうか。あとはのんびり飲みましょう」
「私もそれに賛成です」
ということで、3人はのんびり飲み始めた。少し経った頃、邵可様は屋敷へ変えられ玉と藍華は2人で飲み始めた。
非参加者たちも酔いつぶれた者たちの世話が終わると、徐々に帰っていった。それを見計らい、玉と藍華も帰ろうとしたが、既に空は白くなり始めていたため、宮城までそのまま帰ってきてしまった。ちなみに、清雅は早々に自分の屋敷へと帰っていった。
「懐かしいですね。昔はよく藍華とこんなふうに飲んでいましたよね」
暖かいお茶を入れながら玉は話始めた。
「そうね。清雅や菖蒲の昔話をしながら飲んだよね」
「そうだ。また、何か話してください」
玉の提案に藍華はニコッと笑うと何の話がいい?と聞いた。
「じゃあ、貴方のお母様の話をしてください。幻の妾妃・華姫様のことを」
「了解。私のお母様の本名は蒼藍姫。蒼本家の二の姫だったの。お母様が6歳のときに蒼家は官吏たちと戦った。そのときに、先王に見初められ妾妃になったの。だけど、何故か先王はお母様の存在をひた隠しにした。これが幻の妾妃と呼ばれる由縁ね。
お母様が妾妃になってから先王はお母様に関わることはほとんどなかったらしいわ。ただたった1回、先王がお母様のところを尋ねて来たらしいわ。そこで何があったかは本人たちしか知らないけれど、先王がお母様を尋ねてしばらくしてお母様は私を身篭ったそうよ。
そして、私は生まれた。けれどお母様は私を生んですぐに死んでしまわれた。だから、私はお母様の顔を見たことはないの」
「本当に謎に包まれた方なのですね。ところで、どうして名前に藍が入っているのです?」
「ああ、それはね。私のお母様の祖母に当たる方が藍家の姫だったらしいの。その方は、藍家大好きだったらしくて蒼家に嫁いだけれども、どうにか藍を私たちについでほしかったらしく、王と藍家当主に許可を取り息子に藍の名前を入れたそうよ。
で、死に間際に息子に子供の名前に必ず藍を入れなさい。と言って亡くなったらしく、お母様のお父様はお母様に藍の入った名をつけたそうよ。
ちなみに、お母様のお母様…つまり私のお祖母様は縹本家の高位巫女だったらしいわ。お祖父様に惚れ込んで駆け落ちしたとか。だから、私には藍家と縹家の血も流れているのよ」
話しきった藍華は疲れた顔をしている。記憶が混乱しそうなのだろう。紙に何かを書いている。
「貴女の血筋の女性は素晴らしく豪快な方ばかりですね。藍家と縹家ですか…。貴女にも異能や神力があったりするんですか」
玉の質問に藍華は苦笑いを続けている。それを見た玉は険しい顔をする。
「…まさか本当にあるんですか」
「……あるんです。千里眼が」
藍華の言葉に玉は深い溜息をつく。お小言を言おうとした瞬間、藍華たちのいる部屋の扉が開かれた。
「あら、楊修じゃないですか。どうかしましたか?」
入ってきた人物を見た藍華は、笑みをたたえ問う。
「藍華姫に見て欲しい書類があったんで持ってきたんだが、面白い話をしていたものでね。つい聞き入ってしまったよ」
「…盗み聞きはよくありませんよ。で、藍華に見て欲しい書類とはなんです?」
楊修の言葉に呆れた表情をしながら玉が問いかけた。
「飛蝗に関しての書類でね。今潜入している部で見つけて気になったんで、持ってきたんだ」
「飛蝗?まさか蝗害でも起こりそうなんですか」
藍華の質問に楊修はご名答。といった風情で微笑む。それを見た藍華と玉は険しい顔をして書類を読み始めた。
「楊修、ありがとうございました。で、何か聞きたいことでもあるんですか」
書類を渡したにも関わらず、帰ろうとしない楊修を一瞥し藍華は問い掛けた。
「ここにいたら、まだ面白い話が聞けるかと思ったんでね」
「もう話しませんよ。そろそろ始業の時間ですし。あ、玉。一度帰らなくていいのですか?」
「いや、帰って衣を変えてきます。藍華、貴女も衣は変えなさい」
「わかってます」
藍華の返事を聞くと玉は部屋から出ていった。
「で、本当は何が聞きたいんですか」
「陸清雅と菖蒲という者の話を」