●○連続篇○●

□保健室の俊太郎
4ページ/21ページ

<ep〜諍>



『○○さん……ちょっといい?』




「!……はぃ」




その声に、私はぎくりと肩を跳ねさせた。



振り向くと、夕子先生が私を手招いている。






そのまま音楽準備室へと招き入れられ・・・・・





――バタンッ




ドアを閉めるなり、彼女の目つきが変わった。



授業中のものとは確実に違う、殺気を感じるような目つき。




『……あなた。古高先生と随分仲が良いみたいだけど』




「…え…」




『どういうつもりなの?』




「……どういう、つもりっ……て?」




『保健室にも頻繁に出入りいしてるみたいじゃない』




「…それは……私は…熱を出しやすい体質で……」




『先生に優しくしてほしいから。……仮病だったりして?』




「そんなことっ!」




私の言い分など、彼女は聞く気はないようだ。




『好きなんでしょ?彼のこと』




「……っ」




ずっと心の奥にしまい込んでいた想いをズバリ言い当てられて、



胸がちくりと痛たんだ。




『……渡さないわよ。

あなたがここへ来る前から。私は古高先生のことを知ってる。

それに……。あなたよりも……私の方が彼を愛しているわ』




彼女は威嚇するように、私との距離をずっと縮めると、



鼻先が触れるほど顔を近付け、



低く唸るような声で、早口に警告を告げる。




『いい?……金輪際、古高先生と言葉を交さないで。

彼に触れないで。彼と目を合わせないで。保健室も出入り禁止。

具合が悪ければ、早退するなり、

1日、2日くらい休んだっていいじゃない?

わざわざ保健室を利用する必要はないわ』




「っ…」




『わかった?』





・・・・そんな子供じみた理不尽な要求・・・・・・




受け入れられるわけない!




負けないようにと、睨み返してみるけれど・・・



彼女は全く怯む様子もなく、むしろ凄味を増す。



そして、



悲劇のヒロインかのように、わざとらしい口調で嘆く。




『私は彼を心から愛している。彼がいないと生きていけないの』




「…っ、私だって」




『口ごたえしないで!私の方が絶っ対に!……彼に相応しい……』

















――――






坂本「……おう、おったおった。○○!」




「!!」




坂本先生はいつも元気で、声が大きいから



突然呼ばれるとびっくりする。




「は、はい…なんですか?」




「これを、古高先生に届けて欲しいんじゃが……」




そう言って渡されたのは、



保健室から出されていたアンケート用紙の束。




「えっ…」




「ん?どうしたがじゃ?」




きっと坂本先生は、私が古高先生と顔馴染みだから、



頼んだだけなんだろうけど・・・・・。




ついさっきの、夕子先生とのやり取りが脳裏をよぎる。



それに・・・・



あれから先生と顔を合わせるのも気まずくなっていた。



もちろん、嫌いになったわけじゃない。



だけど・・・



あんなキスをされて・・・・



彼の前で、どんな顔をすればいいのかわからない。





「これからわしは会議があるき。○○、頼んだぞぉ〜」




「え…あっ……」




そう言い残して、坂本先生は足早に去って行ってしまった。






・・・どうしよう・・・







しょうがない。



さっさと置いて帰ってこよう。










―――




「……失礼しまーす……」




恐る恐る扉を開けて、中の様子を窺う・・・・・。





・・・あ。



・・・・先生・・・・いないかも・・・・・





ほっと胸を撫で下ろし、今のうちにと、



机の上にアンケート用紙を置いて、足早に保健室を出ようとした





その時――





『どうしてですか……』




「!?!?」




誰もいないはずの部屋から、聞き覚えのある声がした。



きょろきょろと辺りを見回すと、



3つあるベッドの一つのカーテンが閉められている事に気付く。




嫌な予感がするのに、足が勝手に声のする方へと進んでしまう。




すると、僅かに空いていたカーテンの隙間から・・・・・・



ベッドの上で、



古高先生が夕子先生に押し倒されている様子が目に映った。




「……っ!!」





・・・どういうこと!?・・・・




ショックを受けながらも、



このままやり過ごすことも出来なくて・・・・



耳を澄ませ、隙間をじっと凝視する。






『プレゼントも受け取ってくれないし……』




「それは毎年言うとりますやろ」




『あの子にはあんなに優しい笑顔を見せるのに……』




「あの子……?」




『別にお返が欲しくてしてるんじゃないんです……。

…あなたに、私が贈ったものを持っていて欲しい。

ただそれだけなんです!』




「せやかて……あんさんとわてはただの同僚や。

そないなことをしたら、皆に勘違いされ…」




『だったら……私を本物の彼女にしてください』




「またキリのない事を……」




『私には時間がないのっ!!』




「…?時間がない…?あんさん、さっきっから何を言うて…」




『こうなったら……あなたの子を孕んでやる!』




「!!!!」




・・・・なっ・・・・




彼女が彼の唇に噛みつくようにキスをした。





――ガシャーン




驚きとショックで後ずさった拍子に、



傍にあった処置台にぶつかってしまう。



その音に、二人も飛び上がるように驚いて、



慌てた様子でこちらに視線を向けた。




『……っ』




「……!!」




「ぁ…あの……」





夕子先生が、潤んだ瞳で私をキッとひと睨みすると、



ものすごい剣幕で、ずんずんとこちらに向かってくる。




『あなたっ!私が言ったこと、もう忘れたのっ!?』




目の前まで来ると、彼女は大きく手を振りかざして、



私は、次に与えられる痛みを覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。








・・・・・・・・・・・・・・・。








だけど、いつまでたってもその痛みは襲ってこない。







恐る恐る目を開けてみると・・・・・。






高く振りかざした彼女の手を、彼の手が制していた。





「生徒に手ぇあげたらあかん」




『…なんでこの子なの……どうして、私じゃ駄目なのっ!』




「…………」




彼女は古高先生の手を、力強く振りほどくと、



そのままぽろぽろと涙を零しながら、小走りに保健室を出ていった。












――保健室に取り残された私と古高先生。







気まずい空気が漂う・・・・。









「……あっ、そう、そうだ。アンケート、ここに置いておきました……」




「……おおきに。ご苦労さん」




「…………じゃ、じゃあ、失礼します」




「行かんで」




逃げるように保健室を出ようとした私の手を、



古高先生の手がしっかりと掴んで、引き止めた。




それからこちらを覗き込もうとする先生に、



私はふいっと顔を背ける。




・・・今の顔を見られたくない・・・




反対方向から、彼がもう一度覗き込もうとする。



だけど私はまた背を向ける。




「…っ」




反発する磁石のように逃げる私を、



彼が後ろからきゅっと抱き締めて、動きを封じ込める。




その優しい温もりに溶かされるように溢れ出た涙が、



回された腕にぽたりと落ちた。







そうして、思わず本音が漏れてしまう。



「……私だって……」




「……うん」




鼓膜を撫でるようなその優しい相槌に、



堰を切ったように、胸の奥に仕舞い込んでいた想いが溢れ出す。




「……私だって……私だって!……先生のことが好き。

誰にも負けない……先生を好きな気持ちは誰にも負けないもん!」




涙が次から次へとぽたぽた落ちて、彼の筋張った腕を濡らしていく。




すると、駄々をこねる子どものように、



悔し涙が止まらない私の耳元で、彼のくすっと笑う声がした。




そのまま、腕の中でくるりと方向転換させらると、



嬉しそうな微笑みを浮かべる彼と目が合って、



私は一瞬泣くことを忘れて、きょとんとしてしまう。




「……はは。やっと言うてくれた」




「……?」




「もう一回」




「…え?」




「もう一回……言うて?」




「?」




「わてのことが……?」




「……っ」




感情が高ぶって、



思わず口にしてしまった自分の言葉に動揺が隠せない。



だけど、先生は私がその続きを言うのを、



綺麗な微笑みを湛え、期待の眼差しで待っている・・・・。



追い詰められる感覚に、またじわりと涙が滲み始めるけれど、




・・・・彼女に古高先生を取られたくない・・・・




夕子先生の彼に対する強い想いに焦りを覚えた私は、



彼女への対抗心に急かされて、素直に気持ちを口にした。





「……好き……私…古高先生のことが好きっ…」




「ふふっ、おおきに。……もっかい」




嬉しそうに笑う彼に、少しだけ腹が立って、



私はやけくそ半分で、泣きべそをかきながら彼に言葉をぶつけた。




「好き好き好き好き……大好ぎぃ」




くしゃくしゃの泣き顔を彼の胸に埋めて、




・・・・私の方が、夕子先生よりも・・・・・・




これ以上は恥ずかしくて言葉にできない代わりに、



ぎゅっと抱きつく腕に力を込める。




「よう言えました。

やっと、その言葉をあんさんの口から聞けて、嬉しいよ」




優しく頭を撫でられる感覚に、



もっともっと彼に甘えたくなってしまう。




そんな私の心の内を知ってか知らずか・・・




「あんさんの気持ちも確認できたことやし。

これからは、遠慮なく……」




私の身体を優しく引き剥がして、くいっと顎を持ち上げると・・・・・・



そっと、唇が重ねられる。





――数秒間、目を閉じて、その熱を感じた後・・・・




彼の唇が離れていくのを感じながらゆっくり目を開くと、



危険な色を帯びた彼の瞳と目が合った。




「……まっさらなあんさんを……

わての色に染め上げるんが楽しみや」




「なっ……」




動かしかけた私の唇は、すぐさま彼の唇に塞がれてしまう。




痺れるような甘いキス・・・。




思わず彼のワイシャツをきゅっと掴むと、

その上から彼が手を握ってくれる。



大きな手のひらに包まれて、少しだけ緊張が解けたけれど、




その直後・・・




ぐいっと腰を引き寄せられ、



二人の隙間が縮まった分、よりキスは深まっていく。





・・・もう、身も心も蕩けてしまそう・・・





そうして、唇を僅かに離した隙に、彼が意地悪く囁く。





「どないなふうに染めようか……」





「ぅんっ…」





反論する隙など与えないとでもいうように、



再び唇は塞がれる。







学校の一室。



誰かに見られていたら・・・・・・



誰かにバレタら・・・・



彼となら、そんなスリル感すら楽しいと思ってしまう私がいた。





おわり?☆ミ
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ