●○特別○●

□曖昧
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※アメブロに出ているものとは内容が少し異なります※




「だめだ、やり直し」

「…………はぁい」


残業決定。

明日、朝イチの会議で使う大事な資料の作成を任された私。

自分ではよくできたと思ったんだけど、

妥協は一切許さない鬼部長の土方さんからは、

こんな分かりにくい資料は見たことがない!こんなもの会議で使えるか!

と、けちょんけちょんにダメ出しされ、一からやり直を言い渡された。



―――

誰もいなくなったオフィス。

土方部長の言葉を思い出して、泣きそうになる。

・・・今日は帰れないかも・・・

でもなやらなきゃ終わらない!

会社にお泊まりコースを覚悟し、

ボキボキに折れた心に喝を入れ、パソコンを開くけれど、

何をどう直せばいいのかもわからなくて、手が動かない。

節電のため、と見回りに来た警備員さんにばっつり電気も落とされ、

隅っこのデスクで、スタンドライトの明かりにぼうっと照らし出される私。

・・・嗚呼、惨め・・・

じわっと涙が滲んでくる。

と、鼻をすすったその時――


カタン


「!?!?」


静まり返っていたオフィスに突然物音が聞こえて、出かけた涙も引っ込んでしまう。

・・・何!?何!?何!?・・・

薄闇の中にぼんやりと浮かぶ人の形をした大きな影。

それは無言のまま給湯室にすーっと入っていった。


・・・で、出た!?・・・


ついに見てしまったかもしれない。

正体を確かめに行くか、警備室までダッシュするか、迷っていると、

再び給湯室から出きたその人影は言葉を発した。


「まだ誰かおるん?」


聞き覚えのある優しい声に、緊張がふつりと切れて、引っ込んだ涙が勢いよく戻ってくる。


「…ぅ…うぅ……」


広いオフィスの隅っこで、小さなスポットライトに照らされる私に、

恐る恐る近寄ってきたストライプのスーツを着こなしたその人影は・・・


「…ふっ、ひくっ、ふぐっ、古高しぇんぱぁい……」

「な、どないしたん!?」


まるで駄々をこねる幼稚園児のようにぐしゃぐしゃの顔で泣く私を、

彼は苦笑しながら覗き込んだ。

土方部長と同期の古高先輩。

部長候補として二人が残った時、古高先輩は自分は人の上に立つ器じゃないと、

彼が土方さんを推して、部長が決まった。

優しくて、仕事も丁寧に教えてくれる。スパルタな誰かさんとは真逆。

陰では、鬼の土方、仏の古高、と言われているくらい。


「こんな時間に、んぐっ、どうぢたんですか?」

「報告書、書かないかんから戻って来たんや」


そう言えば彼は昨日から出張で会社にいなかった。


「誰かに苛められたん?」


冗談っぽく言いながら、零れる涙を先輩の親指が拭ってくれる。

少し骨ばった男らしい指なのに、なぜか優しいその感触にまた涙が込み上げてくる。


「ひじっ、土方、部長がっあぁっ」


事の経緯を、子供みたいにべそをかきながら古高先輩に伝えた。


「そうかそうか。まったく、あの人も悪趣味やなぁ?
こないにかいらし子ぉを苛めるやなんて」


拭いきれない涙を、先輩のハンカチが拭き去ってくれる。

子供みたいに泣いてしまう自分がまた悲しくなる。

でも、先輩のハンケチ・・・

・・・いい匂い・・・


「泣かんでええ。わてが手伝うてあげるさかい」

「でも…先輩だって、出張帰りでっ、疲れて、るのに……」

「こない泣いとる子猫をほっとけへんやろ」

「……うぅっうう……」

「あぁ、ほら、泣かんで。大丈夫や、あんさんなら出来る。
いつも誰よりもがんばってはるの、知ってるよ。やれば出来るんやから」


古高先輩は褒め上手。

優しい言葉のひとつひとつが、ズタズタの心をそっと包んでくれる。


「すみません、こんなことで泣いたりして……みっともない」

「うん?嬉しいで。わてにそうやって弱いとこ見せてくれはるんは」

「え…?」


その曖昧な言葉が気になって、

聞こえなかったフリをして聞き返すけれど、先輩はそれには答えてくれなかった。


「さて。まずは問題点を見ていこか」


土方部長にダメ出しされまくった資料を、古高先輩が手に取る。


「……うん、確かに文字ばっかりで見づらいな。
こういうのは、エクセルを使うてグラフや表を作るとええよ」

「……エクセル、苦手です……」

「それなら克服せなあかんな。こういう資料を作る時は必要不可欠なもんや。
習得しておいて損はないさかい、わてが教えてあげます」

「…………」


エクセルは本当に苦手で、渋い顔をする私に先輩は意味深な笑みを向ける。


「上手に出来たら、ご褒美あげるさかい、頑張って」

「ご褒美?」

「出来たらのお楽しみや」


その妖しげな微笑みの向こうの”ご褒美”を勝手に妄想して、

内心テンションMAXになった私は、

俄然やる気で、もう一度パソコンに向かった。



古高先輩は教えるのも上手い。

機械的に暗記するように無理やり覚えていたことが、

わかりやすい言葉で教えてくれるから、

今までが嘘のように、私は短時間で苦手だったソフトの使い方を覚えていった。


「ほんなら、これ入力して自分でやってごらん」

「はい!」

「そしたらわては報告書書かなあかんから、わからんことがあったら聞いてな」

「すみません、お忙しいのに……」

「ええよ、気にせんで」


にこりと、とびきりの癒しスマイルを貰って栄養補給をした私は、

教えてもらったことを思い出しながら、パソコンのキーボードを打っていく。

先輩もパソコンを開いて、報告書を書き始めたようだ。

二人のキーを叩く音だけが響くオフィス。

脳裏をちらつく”ご褒美”の妄想と戦いながら、

途中から半分以上、私はその”ご褒美”のために資料づくりをがんばっていた。



―――それから、1時間程経った頃・・・


「……どう?出来た?」

「…!!も、もう少しです!」


突然耳元で聞こえた鼓膜を擽るような低音に、動揺を隠しながら答える。


「……あぁ、それ。こうすると早いよ」


せっかく隠しきった動揺をむしかえすように、

先輩の長い腕が後ろから伸びてきて片手で軽やかにキーを叩く。

耳元で微かに聞こえる吐息に、硬直して息が止まる。

裏技的なものを教えてもらい、

その後もゆっくりながら順調に資料づくりを進めていった。


――そんな古高先輩のお陰で・・・


「……出来た!出来ました先輩!!」


出来上がった資料を先輩に確認してもらう。


「………うん、ええんやない?これなら土方部長も文句あらへんやろ」


土方部長には、何時になっても構わないから、出来た資料をFAXしろと言われていた。

古高先輩のお墨付きを貰えたので、返事を待つ時間も気持ちは幾分楽だった。


数分後――土方部長から返ってきた返事は・・・

人数分コピーしとけ。

無事、合格を貰えたところでほっと一息つく。


「合格もらえました!あとはコピーしたら完了です!」

「これでひと安心やな。ほな、約束通り、ご褒美あげんとね」


その言葉に、私は勝手に上がっていく口角を必死に引き戻し、

お菓子をくれるの?くらいの純真な表情を浮かべてみせる。

頭の中で繰り広げていた妄想は如何わしい事この上ないというのに。


・・・超イケメンで憧れの古高先輩から、迫られたら・・・・


そんな夢のような話、断る理由がない。


「こっち、おいで」


誘惑するようなその手に導かれるように、心臓をバクバクさせながら、私はいそいそと後を着いていく。

どうやら、向かっている先は給湯室。


・・・個室に誘うなんて、まさにソレ!?・・・


私は心の中で歓喜の悲鳴を上げ、心臓は更に暴れまくる。

二畳ほどの狭い個室の中、期待と緊張がどんどん膨れ上がる。

けれど、私の期待とは裏腹に、先輩はおもむろに冷蔵庫を開けた。

そして中から何かを取り出して、それを私に掲げてみせる。


「やろか?」


プシュッと軽やかな音を立て、その一本が私に渡される。


「……缶ビール?」

「一人で残業の時はこっそりな。飲まんとやってられへん時やってあるやろ?」


如何わしいことしか頭になかった自分が情けない。

自嘲の意味も込めて、私は明るく笑った。


「……あっ、あははは!ですよねぇ〜」


ナイショやで、と唇の前に人差し指を立て悪戯っぽく笑う先輩。

二人だけの秘密を共有することに、妙にドキドキした。


「でも、一応、仕事中ですけど……」

「あとはコピーとるだけやし、缶ビール一本くらいで酔わへんやろ?
それに、ひと息ついた方が仕事もはかどる」

「……そうですね」

「ほな、お疲れさん」

「お疲れ様です!」


カチッと軽く缶を合わせて、ぐびっと飲み干す。


「ふぁ〜っ!」


二人で流し台に寄りかかって、残業終わりのプチ打ち上げ。

仕事終わりの幸せの一杯の美味しさを噛み締めながら、

自分の仕事は終わったのに、ずっと私を待っていてくれた、

古高先輩への申し訳なさを感じながらも、感謝の気持ちでいっぱいだった。


「先輩、すみません。付き合わせちゃって……
でも、本当に助かりました。先輩がいなかったら、きっと明日の朝、
また土方部長に怒られるところでした」

「いや、むしろ”たなぼた”やった。
直帰せんと、会社に戻って来てよかった……」

「……どういうことですか?」


独り事のようにも思えた先輩の呟き。

また感じた心地悪い曖昧な響きに、今度ははっきりと答えを求めて聞き返したけれど、

先輩はまた苦笑いでかわして、やっぱり答えてはくれなかった。

私もそれ以上は聞くことも出来ず、

その後は、同僚や、土方部長への愚痴、他愛のない話をしていたけれど、

だんだんとネタ切れになってきて、徐々に微妙な沈黙が訪れ始める。

狭い給湯室で、憧れの先輩と二人きり。

何か話題を、と頭をフル回転させていると、先に先輩が口を開いた。


「……なぁ」

「はいっ」


びっくりして無駄に元気に返事をしてしまった自分自身に動揺する私を、古高先輩はくすりと笑う。

ただ笑っただけなのに、胸がきゅんとなって、頭がぽわんとしてくる。

・・・ヘンな感じ・・・

と、頬にそっと触れた温かな体温に、私は驚きにめをぱちくりさせながら彼の方へ視線を向ける。

そこには、今まで見たことのない、まるで恋人に向けられるような甘い色をした先輩の瞳。

熱を孕んだようなその瞳に捉えられ、見ていられないのに何故か逸らせない。


「……気付いてはるんやろ?」

「…なっ、何を……?」

「わてが、あんさんを特別に想うてること」

「…特別?」

「焦らさんで……教えてくれまへんか。あんさんの気持ち」

「あっ、えっ?せ、先輩、もしかして缶ビール一本で酔っちゃったんですか?」

「酔うてへんよ」


・・・うそ、妄想が現実になった!?・・・

夢かな、夢かも、夢だ!

まさかの正夢のような出来事に目を白黒させながら混乱する私に、

先輩の顔が少しずつゆっくりと確実に近づいてきて・・・


・・・あ、くっついちゃう・・・


私はそっと瞳を閉じた。



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