●○特別○●

□PLUS★KOI-GOKORO
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それはちょうど一週間前。


彼の家で、いつものようにくつろいでいた時のこと。

彼の携帯が鳴った。

今、彼はお風呂中。

恋人の携帯を盗み見ていいことなど一つもない。

私は彼氏の携帯は断然見ない派。

だから、気にせずそのまま放ってくと、電話は切れた。

と思ったら、間髪入れず再び着信が鳴る。

あまりにもしつこいので、何か急用でもあるのかと画面を覗いてみると、

知らない女の名前。

興味本位で出てみた。

誰?と聞かれたから、彼女だと答えたら、向こうも彼女だと言う。

そこへ彼がお風呂から上がってきて、自分の携帯で話している私を見て顔色を変えた。

そこからは修羅場。


要は二股をかけられていた。

そして最終的には、人の電話に勝手に出るなんて非常識だと逆ギレされ、

その場で彼とは別れた。



そんな酷い別れ方をしてしまったのが悔しくて悲しくて、

憂さ晴らしに、一部始終を公私ともにお世話になっている会社の先輩、菖蒲さんに話した。

そしたら、『早く新しい男を作って、そんな男さっさと忘れちゃいなさい!』

そう言って、菖蒲さんは飲み会の場をセッティングしてくれた。

お相手の男性陣は、菖蒲さんの大学時代の先輩が連れてきてくれるらしい。

まだあの事件から一週間しか経っていないし、心の傷も癒えていない。

二股をかけられていたというショックは想像以上に大きかった。

正直、暫く恋愛はしたくない。

それに、大勢が集まる飲み会のような場は本当は苦手。

けれど、私を心配して声をかけてくれた菖蒲さんの気持ちが嬉しくて、

とりあえず参加することにした。



―――

同僚の花里ちゃんも一緒に行くことになり、

あまり気が向かず、テンションの低い私を元気づけてくれた。



お店に着くと、男性陣は既に全員そろっていたようで、

その光景を見て、私は腰を抜かしそうになった。

まるでモデルか芸能人かと思うほどの超イケメンが3人。


一番奥の席に座っているのは、

深い青色のような独特な色をした短めの髪が無造作に見えて計算されている、どこか不思議な雰囲気のある人。

真ん中には、艶のある柔らかそうな黒髪で、切れ長の色っぽい瞳に、いやらしくない顎髭の人。

その隣には、金髪さらさら長髪のちょっと軽そうだけど、人懐こそうな人。

くたっていた体が一気にカチカチに強張る。


「…ちょ、菖蒲さん!この人達と飲み会するんですか?」

菖蒲「みんなええ男でしょ?」

花里「○○はん、よりどりみどりやでぇ」


ノリノリの花里ちゃんに引っ張られ、菖蒲さんに背中を押されながら、

私は真ん中の席に座らされた。

ふいに目の前の顎髭の男性と目が合って、私は視線を逸らしながら会釈を交わした。

一秒以上見つめていたら吸い込まれてしまいそうなほど、

無条件に人を惹きつけるような、とても綺麗な瞳だった。





――とりあえず、ビールで乾杯。


菖蒲「そうや、自己紹介せんとね。…ほな、男性陣からお願いしましょ」

秋斉「…あ、俺から?……はい、藍屋秋斉、言います。
菖蒲とは大学の先輩後輩で、今日は菖蒲の可愛い後輩がなんや傷心やと聞いて、
ちょうどこっちにも寂しい男がおったさかい、参加させてもらいました」

菖蒲「そういう秋斉さんもやない?」

秋斉「…ゴホンッ…余計なことを言うな。次、古高くん」

古高「……あ、古高俊太郎です。今日は皆さんと楽しく飲めたらええと思うてます」

慶喜「固い固い!せっかくこんなかわいい子がいるんだから、
もっとこう明るく楽しくさっ!ほら、彼女募集中でぇ〜すって」


金髪さらさら長髪の人に、操り人形のように無理矢理手をひらひらさせられて苦笑いの古高さん。

固い!と言われたように、超イケメンなのに超真面目そうで、

私は彼に好感を持った。


慶喜「…あ、自己紹介ね。俺はよしのぶ。
よろこぶを二つ書いて慶喜なんだけど……なんか堅苦しいでしょ?
だから、みんなは気軽に”けーき”って呼んでね。
で、因みに、秋斉とは兄弟。秋斉よりも俺の方が優しいしマメだよ。それから…」

秋斉「喋りすぎや」


秋斉さんに一喝されると、慶喜さんは大人しくなった。

秋斉さんも慶喜さんも、私には勿体無いほどのイケメンだし、優しくて素敵な人だった。

だけど私は・・・

さっき一瞬目が合った彼のことが気になって仕方なかった。

明確な理由はわからない。

・・・ひと目惚れ?・・・

でも、そんなミーハーな感情で人を好きになるなんて嫌。

なのに、ピスタチオを抓む指先から、グラスを傾ける仕草ひとつとっても、

すべてに無駄が無く美しくて、気付くと見惚れてしまっている・・・

気付けば、私は彼から目が離せなくなっていた。

彼が視線を外している瞬間を狙って、彼をじっと観察して、

目が合いそうになると、すっと視線を逸らす。

そんな初恋の相手を見るような中学生ようなことを繰り返しながら、少し冷静になって思う。

・・・こんな素敵な人と私がつりあうはずがないし、彼が私なんかを好きになるはずがないよ・・・

せっかく菖蒲さんが私を元気づけようと開いてくれた飲み会だけど、

逆に自分のみじめさを思い知らされてる気がして、私は素直に楽しめずにいた。

けれど、みんなは会話も弾んで盛り上がってきている。

そんな中、一人だけぶすくれて、この場の空気を壊したくない。

そういう人は私自身が一番嫌いなタイプ。

だから私はとにかく愛想よく相槌をうって、無理矢理に笑顔を作って過ごした。




そうして、飲み会も中盤に差し掛かった頃――


「うち、お花摘みに行ってきます〜」

「ほんなら、うちも」


菖蒲さんと花里ちゃんがお手洗いに立った。

ぼうっとしていて、一緒に行きそびれた私の両隣の席が空いたところに、

狙っていたかのように、慶喜さんが座る。


「楽しんでる?」

「…あ、はい……」

「ホント?」


人懐っこい瞳に覗き込まれ、どうリアクションしていいか分からず、目が泳ぐ。


「…ふふ、可愛い。
ねぇ…この後、二人で抜け出してどっか遊びに行かない?」

「え…あ…ぅ…」

「○○はんが怖がってるやないか」


テーブルを挟んだ向かい側から秋斉さんがグラスを片手に、めんどくさそうに言った。


「え?俺、怖い?そんなことないよねぇ〜」

「…ぁ、はい…」


慶喜さんとの会話に、緊張のあまり私はYESかNOでしか答えられず、

とにかく二人が早く戻って来てくれることを祈った。


その後も続く慶喜さんの質問攻め・・・


「俺みたいなタイプ嫌い?」

「い、いえ…そんな…」

「○○はんはこういう場所に慣れてないから、緊張してはるんよ」


ようやく花里ちゃんと菖蒲さんが帰って来てくれて、

これで集中攻撃を避けることができると、ほっと一安心。

菖蒲さんの席に慶喜さんが居座ってしまったので、彼女は慶喜さんが座っていた席、

古高さんの隣に座った。

それを見て、心の隅で焦る自分がいることには気付かないふりをして、

私と花里ちゃん、慶喜さん、秋斉さんの4人で話し始める。

慶喜さんと一対一だと緊張してしまうけれど、

お目付け役のような秋斉さんが、慶喜さんの暴走を食い止めてくれるし、

お喋りな花里ちゃんがほぼひとりでマシンガントークを繰り広げているので、

イマイチ気持ちの乗らない私はそれに笑っているだけでいいのが楽で、

心の中で秋斉さんと花里ちゃんに感謝した。

時々、慶喜さんから振られる質問に答えながらも、横目に映る大人な二人のことが気になる。

私には菖蒲さんみたいな大人の魅力も、彼女の色気の半分もない。

どう見ても、私と古高さんは釣り合わない。

わかってるけど、一瞬見つめられたあの綺麗な瞳がどうしても忘れられない。

暫く恋はしたくない、なんて思ったばっかりなのに。

もう次に気移りしてる、そんな自分がちょっと嫌になった。

・・・でも、少し話すくらい、いいよね?・・・

けれど、ずっと私を気にかけてくれている慶喜さんからさり気なく離れることは難しい。

古高さんの事は気になるけど、話すことはおろか、

あれ以来、目もろくに会わせられないまま、次のお店に移動することになった。



―――

二軒目に移動してからも・・・移動の最中も。

私の何を気に入ってくれたのか、慶喜さんは私の隣をきっちりマークしている。

こんなイケメンに気に入られるなんて、普通なら願ったり叶ったりなんだけど・・・

今はすぐそばに、完全に心を捕らえられてしまった人がいる。



この状況だと、本命の古高さんとは殆ど話せないまま終わってしまう。

だけど、こんなに好意を持ってくれている慶喜さんのこともないがしろにはできない。

私はただ、指をくわえて彼を見ていることしかできなかった。




――結局、古高さんとはひと言も話すことが出来ないまま、終電近くまで飲んで、

飲み会はお開きとなった。


「これから駅に向かっても、終電間に合わないよね?
○○ちゃんは俺がタクシーで送ってくよ」

「あ…でも、慶喜さん家の方向が真逆ですよね?
遠回りさせちゃって申し訳ないので…大丈夫です、タクシーなら一人で帰れますから」

「そんな〜冷たいこと言わないでよぉ〜」

「ほな、わてが同乗します。
タクシーやからて安心したらあきまへんえ。今の世の中、どこで何があるか分からへん。
家、○×駅の近くやったね。わてはその一つ先の駅やから、帰り道の途中やし。
……それならええやろ?」

「えぇぇ、へいっ……」


思いもよらず古高さんに話かけられて返事をした声が上擦ってしまった。

突如舞い込んだ好機に、嬉しいやら緊張するやら。

ブツブツ文句を言っている慶喜さんを残して、私は古高さんとタクシーに乗り込んだ。


「…………」


緊張し過ぎて、私はただひたすら窓の外のネオンを眺めていた。

古高さんとあんなに話したいと思っていたのに、

いざとなると緊張で何を話していいのかわからない。

気まずい沈黙が続く。

そうして、一方方向を見続けていた私の首が痛くなってきた頃――

その沈黙の中に穏やかな声が響く。


「……本当は気が乗らんかったんと違う?」

「…?」


ネオン街から彼に視線を移す。

すると、気遣わしげな笑顔が私を見ていた。


「無理して笑顔作っているように見えたんやけど……わての気のせいやろか」


・・・古高さん…私のこと、見ててくれたんだ・・・


「そんなこと、ないですよ。とても楽しかったです」

「ほら、やっぱり…」


優しく目元に触る指先に、心臓が跳ね上がる。


「心からの笑顔やない」


なんでわかるの?

そう思いながら、ずっと話したい、傍に行きたいと強く思っていた古高さんが、

たった指先だけとはいえ、自分に触れている事にドキドキしてしまう。



もうすぐタクシーが自宅に着く。

彼氏に振られて落ち込んでいたはずなのに、古高さんの魅力に引き込まれ、

今日会ったばかりなに、まだもう少し一緒にいたいと思ってしまう。

だから・・・


「あのっ、もし良かったら、うちでコーヒーでも飲んで行きませんか?」


言って後悔した。

・・・今日会ったばかりの人に何言ってるんだろ!・・・

案の定、古高さんも驚いている。


「あっ、いえ、あの、さっき会ったばかりの人にそんなこと言われても困りますよね。すみません、忘れてください」


慌てて弁解するのをくすくすと笑われて、余計に恥ずかしくなる。

そんな私とは正反対に、彼はやっぱり大人だった。


「コーヒーご馳走になりたいところやけど、今日はやめておきます」


・・・やんわり断られちゃった…かっこ悪い・・・


そうだよね、私みたいな小娘、相手にするわけないよね。

それに、家で古高さんと二人きりになったらどうしていいかわからない。

むしろ断ってもらえて、ほっとした。

そう思って、自分を慰める。


「気を悪くせんでください。嫌な訳やあらへんのどす。
ただ、こんな時間にこんな可愛い子と一緒にいて、手を出さない自信がありまへんのや」


絶世のイケメンに、まるで映画のワンシーンのような台詞を言われて、動悸と目眩がする。

・・・冗談だよ、冗談!・・・

必死に舞い上がる心を沈めようとする私に、彼はまた期待させるようなことを言った。


「あんさんさえ良ければ、今度二人でゆっくり食事にいきましょう」


そう言って渡された名刺。


これは・・・・

本気なの?それとも大人の社交辞令?


”気が向いたら連絡して”


その言葉を遠くに聞きながら、

気付いたら、走り去るタクシーをぼうっと見つめていた。

・・・あ、タクシー代・・・

そう思った時には、もうタクシーは見えなくなっていた。

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