●○特別○●

□PLUS〜勝手に続編★SHITA-GOKORO
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仕事終わり

私と花里ちゃんは、同じ電車なのでいつも途中まで一緒に帰っている。

少しだけ遅れると伝言のあった彼女の事を待つ間――

自販機前の憩いスペースで、メールチェックのついで・・・開いてしまうアドレス帳。

発信ボタンを押す勇気もないくせに。

もらった名刺に記されていた肩書きは"代表取締役"

ますます私と彼は釣り合わない立場だと思い知らされた。



画面に映し出される文字を目でなぞって、彼の名前を心の中で繰り返す。

・・・古高俊太郎、素敵な名前・・・

「ふるたか、しゅんたろう?」

「!!!」


意とせず音になったその名前に驚いて振り向くと・・・


「…は、花里ちゃん……」

「古高て…顎ヒゲのイケメン?」

「…うん」

「なんやぁ、しっかり連絡先交換しとるんやないの〜」


怪しい笑みを浮かべ、肘でつついてくる花里ちゃん。


「ち、違うよ。社交辞令で名刺もらっただけだから……」

「ほんなら、なんでアドレス帳に入れとるん?気になるからやろ?」

「…だって…代表取締役だよ?」

「玉の輿やん!」


バシンッ、と私の肩を叩いて、何故か上機嫌な花里ちゃん。

・・・そのくらいの度胸が欲しいよ・・・


「楽しそうやね」


ショルダーバッグを颯爽と肩に引っ掛けやって来た菖蒲さん。

早速、花里ちゃんは私の代わりに菖蒲さんにすべてを話してしまった。

知られてしまったのならと、私は開き直って恋愛経験も豊富な菖蒲さんに意見を求めた。


「…菖蒲さんは、どう思いますか?」

「○○はんは、どうなん?古高さんのこと、どう思うてるの?」

「………素敵な人だなぁって、思います……」

「そやったら、一度食事くらいしてみたら?」

「……うーん…あっ!」


花里ちゃんが私の手から取り上げた携帯電話を耳にあてがう。

嫌な予感がして慌てて取り返そうとしたけれど、もう遅かった。

「……あ、もしもし?古高さん?花里ですけど、覚えてはります?」

「ちょっ!花里ちゃんっ!」

「そうそう、○○はんの隣におった…○○はんがなんや話があるらしいんで、代わりますね〜」

「えっ!?うそ、ちょっと待って!…ぁ…もしもし……」


押し付けるように携帯を返され、反射的に受けてしまった。


《……○○はん?》

「っ………」


彼の声だ。

柔くて優しい心地好い低音。

どっと汗が吹き出す。


「あの、えっと……その、ごめんなさい……花里ちゃんが勝手…」

《嬉しいなあ。まさかほんまに連絡くれると思うてへんかった》

・・・あぁ、がめつい女だと思われた・・・

フラれるのが怖くて、私は咄嗟に食事の話を断る電話にしようと思いつく。


「あの、お食事の話ですけど…」

《ああ、今夜でもわてはええけど?》

「えっ!?あ…あの、はい、お願い、します」


お食事の話ですけど……

ごめんなさい、私、そういうつもりはないので。

その言葉は彼に伝わることなく、

電話が終われば、何故か断るはずだった食事の約束を取り付けてしまっていた。




―――

7時に駅で待ち合わせをする約束をして電話を切った。


背中を押してくれた菖蒲さんと、誰よりも楽しそうな花里ちゃんにエールを送られながら、

私は一旦帰宅し、少しだけおめかしをしてから待ち合わせ場所の駅に向かった。



そわそわ緊張しながら待っていると・・・

一台の高級車が目の前に止まる。

ドアが開き、彼の長身と柔らかな笑顔がそこに降り立つ。


「こんばんは」

「こっ、こんばんは…」


わざわざ車から降りて、助手席のドアを開けて乗せてくれる。

彼の丁寧なエスコートに恐縮しながらも、どこかの令嬢にでもなったような良い気分だった。



――走り出す車。

高級車の証、エンジン音が全くしないのが、逆に会話のない車内の静けさを際立たせて気まずい。

けれどその静けさを、彼はあっという間に心地好い空間にしてくれた。


「仕事、大丈夫やった?」

「え?」

「こっちから一方的に予定を言うたみたいになってしまったから、無理させてしもたかなて」

「あ、いえ…全然、大丈夫、です……」


そこから始まった会話は尽きることなく続く。

どんな仕事をしているのかとか、休日の過ごし方とか、そんなありきたりな話だったけど、

彼は聞き上手で話上手で・・・

普段は人見知りな私も、古高さんとは変に壁を作らず話すことができたのが自分でも驚いた。

彼の隣は不思議なくらい居心地が良い。



弾む会話の最中、あっという間に目的地に着いた。

ここ、と示された先が想像していたのとは少し違って、拍子抜けしてしまう。

彼が連れてきてくれたのは、路地裏にひっそりと佇む居酒屋だった。



「お洒落な店ではないけど、味は確かやから」


彼の言葉通り、お世辞にもキレイとは言えない店。

出てくる料理も素朴な家庭料理だけど、そこには何か一味違う、真似できない美味さがあった。


「…なんか、意外でした」

「…?」

「古高さんが連れていってくれるのはもっとオシャレなレストランなのかなぁ、なんて勝手に思ってたから……あっ、別にこういうところが嫌なわけじゃないですよ!むしろこういうところの方が気を使わなくていいから、好きです」

「普段は、接待やらでええとこにばっかりやから、プライベートではあんまりそういうところは行きたくないんや」


お偉いさんで、高級車に乗ってても、

ちゃんと庶民派の感覚も持ってる人なんだなと、私はますます彼に惹かれた。




古高さんが車だったこともあってお酒は飲むことなく、食事を終えても、時刻はまだ9時前。

高校生じゃあるまいし、こんな時間に帰るなんて味気ない。

何かを期待してるわけじゃなく、ただもう少し彼と一緒にいたかった。

そんな私の想いを見透かしたように、古高さんのほうから嬉しい誘いをくれた。





――あてもなく走る車。


夜のドライブでもどうですか?

その誘いに私は即答した。



しばらく走って、一休みしようかと車が止まったのは、海沿いの公園。

自販機の缶コーヒーを手に二人でベンチに座る。

真っ黒な景色の中にそよそよと吹く潮風と波音が心地良い。

少し先に見える工業地帯の暖色の明かりが夜景代わりに綺麗だった。


「……電話、くれておおきに」

「…あっ、いえ……こちらこそ、真面目に連絡してしまって、すみませんでした」

「……もう逢えへんやろて思うてたから、嬉しかった」


そっと窺う彼の横顔。

手元の缶コーヒーを見つめた伏し目がちな横顔は、ほんの少し照れているようにも見えた。

それが嬉しくて、つい本心を口走ってしまう。


「本当は……フラれるのが怖くて…お断りしようと思ったんです。
私なんかに好かれても、ご迷惑だろうなって…」

「そんな気ぃがしたんや。せやから、断られる前に少し強引に誘うた。
断られてしもたら、二度と逢えへん気がしたから……」


想像もしていなかった返答に戸惑った。

オレンジ色の光の球を見つめながら次の言葉を探していると、

古高さんがこちらを向いた気配に、私もつられて彼を向く。


「○○はんが好きや」

「は…」


突然のストレートすぎる告白が信じられなくて、私は思わず笑ってしまう。


「……あはは、冗談、ですよね?」

「はは、よう言われるんや。あちこちでそういうこと言うてるんやろて。なかなか信じてもらえへん。
わて、遊んどるように見えます?こう見えて、意外に一途なんやで?
何の気もない人に連絡先教えたりせえへん……」

「……」


笑顔のまま固まる私に、彼は苦く笑って前を向いた。



「一目惚れ……そういうの、○○はんは信じますか?」

「……いえ、今まで、したことないから……」

「わてもどす。せやけど、これを一目惚れ以外に表現する言葉が見つかりまへんのや……
外見や理屈やなく、心のどっか深いとこで好きやとわかる」

「でも……今なら、信じられます。
私も…古高さんに、一目惚れしてしまったから……」


彼が息を呑んだのがわかった。

でも恥ずかしくてそっちを見れないまま、私はまっすぐ前を向いて自分の気持ちを話し始めた。


「私、彼氏にフラれたばっかりなんです……
この前の飲み会は先輩の顔を立てるために参加しただけで…。
だから、帰りのタクシーで古高さんに気が乗らなかったんじゃないか、って聞かれたとき、嬉しかった。全然話せてないのに、私のことちゃんと見ててくれたんだって。
最初に目が合った時から、多分…私…古高さんが好きでした……」


そう言った後、彼の雰囲気がふわりと柔らかくなるのを感じた。


「……いつぶりやろか、こないくすぐったい気持ちになるんは……」


横目で盗み見た彼の照れ笑いが可愛かった。





―――

夜も更けると、空気が冷えてくる。

昼間との寒暖差が激しく、薄手の服では寒さがこたえた。

風邪を引くといけないと、名残惜しいけど今日のところは帰りましょうか、

古高さんは私を家まで送ってくれた。



――自宅へ向かう車の中。


会話は無かった。

きっと、彼も同じ気持ちなんだろう。

二人の想いが通じ合って、嬉しいはずなのに、どこか心が寂しい。

何故か満たされない心・・・。

けれど、その理由がわからないまま、車はマンションに着いてしまった。


「……今日はありがとうございました」

『いいえ、こちらこそ……』


あとは車を降りるだけ。

なのに、理由のわからない寂しさがなかなかそうさせない。


「次は……いつ、逢えますか?」


そんなこと、今聞かなくてもいいのに。

後で電話でもメールでもすればいい。


『わては明日も逢いたい思います……』

「私も……今度は、私の行きつけのお店に行きましょうか」

『…ええ、そら楽しみや…』


終わらない一問一答。

いい加減にしなくちゃ、と私から会話を切った。


「ごめんなさい、引き留めちゃって。
じぁ……後でメールします。今日は本当に楽しかったです!ありがとうございました!」

『○○はん』


シートベルトを外して、ドアを開けようとした私を彼が呼び止めた。

振り返ると、目の前に迫った彼のキレイな顔に目を閉じる間もなく重なる唇。


『………やっぱり……今夜は帰しとうない……』


彼は再び私のシートベルトを締め直すと、車を走らせた。





おわり☆ミ

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