●○特別○●

□PLUS★新婚さんの休日
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新居に移り住んでから、初めての休日。



真新しいキッチンで、只今仲良く昼食の準備中。



今日のメニューは、トマトの冷製パスタ。



まるでドラマのワンシーンのような現実に、きっと私は浮かれていたんだ。



グツグツ煮立つ、手頃なサイズの寸胴鍋。



中でパスタが踊る、手頃なサイズの寸胴鍋。



何故かはわからない。



突然、その熱々の手頃なサイズの寸胴鍋は私をめがけて襲ってきた。



しかし、鍋の襲撃は寸前で阻止されたのだった。







――――


「きゃあ!俊太郎さんっ、大丈夫!?」




私を救ってくれたのは、他の誰でもない愛する旦那様。



どうやら、何かの拍子に鍋を引っかけてしまったらしい。



咄嗟に彼が庇ってくれたお陰で、私には何の被害もなく、鍋も寸前のところでひっくり返らずに済んだ。



けれど、その全ての代償に俊太郎さんの右手の親指の付け根から手首にかけて真っ赤になっていた。



捨身で熱々の鍋を素手で押さえた上に、沸騰したお湯までかかってしまったのだ。




「やだ!どうしよう!どうしよう!どうしよう!」



パニックになりながら、とにかく冷やさなくちゃ!と彼の手を流水にさらす。




「痛い?痛いよね、もうどうしよう…」



「落ち着いて、○○。こんくらいどもないよ」



「うそうそ!だって真っ赤だよ、痕が残っちゃったらどうしよう!」



「それよりお湯、かかってへん?痛いとこはない?」



「私のことはどうでも…」



「ええことない。○○が火傷でもしてたらこんなことしとる場合やない」




珍しく語気を強めた彼に驚いて、少し冷静さを取り戻す。




「………私は…大丈夫…」



「…良かった」




そう言って、俊太郎さんはほっとした様子で微笑む。



相変わらずの彼の過ぎた優しさが泣けてくる。



それに比べ、私のふがいなさときたら・・・。



泣きべそをかきはじめる私を笑って、彼は右手を流水で冷やしながら左手で私の頭を胸元に引き寄せる。




「泣かんの。ほんまに大したことあらへんさかい」



「ごめん…うぅッ、なさい……」



「○○はほんまに泣き虫やなぁ…」






――病院に行こうと言う私に、彼はこの程度の火傷では行かないって言うし。



だけど、火傷の処置なんて冷す以外に知らないし。



アロエが良いって聞いたことがあるけど、すぐには用意できないし。



だから、オ●ナインを丸々1個使い切る勢いでガーゼに塗りたくって、真っ赤になっている部分に当てて包帯を巻いた。




「ごめんなさい…」



「すぐに冷やしたし、○○が手当てしてくれたから大丈夫や」



「本当に…ごめんなさい…」



「……もうごめんなさいは禁止や。ほら、せっかく上手くできたんや。食べよ」




パスタは無事に出来上がったけれど、



彼を怪我させてしまったことがショック過ぎて、味なんてわからなかった。



一本だけパスタをすすってみたり、形を残したトマトをフォークで潰してみたり・・・



俊太郎さんが一生懸命慰めてくれるけど、気持ちは晴れない。



そんな私の性格を知り抜いた彼が、機転を利かせてくれたのかもしれない。



気にするな、と言って慰めるよりも、わざとでも世話をかけた方が、私の気が済むことを彼は知ってる。




「あぁ…やっぱり、左手では食べ辛いなあ……」




その口調がわざとらしいことに、べっこりヘコんでいる私は気付くはずもなく。




「……そうだよね。気が利かなくてごめ…ぁ……」




ごめんなさいは言わない約束だったことを思い出して、



彼の隣に座り、お皿のパスタをくるくるフォークに巻き付けて口元に差し出す。




「○○に食べさせてもらうと、100倍美味しくなる」




彼の冗談にも、その時は苦笑いしか返せなかったけど・・・・




「左手で上手く歯、磨けへん…」




って言うから、子供にするように、膝枕で歯を磨いてあげた。




「ペットボトル開けられへん…」




って言うから、開けてあげて、




「飲まれへん…口移し…」




って調子に乗ったから、そこはちゃんと抗議した。




何かにつけ「出来へん…」って言う彼のお世話を焼くのが楽しくなってきて・・・



ちょっと遊ばれてる気もするけど。



少しずつ、気持ちも楽になってくる。









「お風呂、どないしよ?」




独り言っぽい、多分私への問いかけ。



予想はしていたけれど、いざとなると緊張が走る。




「…じゃ、じゃあ…包帯の上から、ビニール袋とか巻いて、濡れないようにして…」

「動かすのも、ちいと痛いし…力が入らへんなぁ」




私の提案をやんわりスルーして、



包帯の巻かれた手を掲げ、ゆっくり動かす動作をしてわざとらしく「いてて…」と顔を歪める。




「どないしよ?」



「………」




今度は完全に問いかけられた。



もう逃げられない。



諸悪の根源は私なのだから。





――――



火傷した所はお湯に触れないように、包帯の上に更にタオルを巻いた。



俊太郎さんはもちろん裸になって、私はTシャツにスウェットの裾を捲って一緒にお風呂に入る。



二人でお風呂に入るのは初めてだったりする。




俊太郎さんは一緒に入りたいみたいだけど、私がずかしいからそれだけは断っていた。




だから、ピカピカのLEDの下、鮮やかに照らし出される彼の肉体美を目の当たりにして、目のやり場に困ってしまう。




「そない恥ずかしがらんでも……別にわての体を見るのが初めてな訳やあらへんのやし…」



「……だって……いつもは……」



「……あぁ、確かに。寝室は間接照明やしな」




視線を斜め上に向けて、その場面を思い出すような仕草が私を余計に動揺させる。



そして彼は更に追い討ちをかける。




「タオルは使わへんから」



「…え?……じゃあ、どうやって洗うの?」



「ボディタオルで石鹸を泡立てて、その泡を手に取って素手で洗うんや」



「………」




固まる私。



素手で?彼の体を洗う?・・・・そんなの恥ずかし過ぎる!



躊躇っているうちに、いつまでも裸のままでは俊太郎さんが風邪を引いてしまう。



意を決して、石鹸を泡を立て、手に取り、彼の体を撫でていく。



まずは背中。



広くて、ちょっとゴツゴツした感触が男らしくて、我夫ながらドキドキしてしまう。



平常心、平常心、と心の中で唱え、気持ちを落ち着けてから正面を向いてもらい、



腕から手、左手の指も一本一本丁寧に洗う。




「ええ心地や」



「……それは、良かった…です」




明らかに動揺している返事をしまった。



俊太郎さんもくすくす笑っている。



それにはあえて構わず、動揺を隠したつもりで手を進める。



首から胸・・・



今日も暑くて汗をかいただろうから、しっかり洗ってあげたいところだけれど、



よく洗おうとすると、なんだか手つきが厭らしくなってしまう。



盛り上がった逞しい胸筋、そして、時々手のひらに当たる小さな突起・・・・・



意識し過ぎ!と自分を戒めるけれど、どうしても意識がおかしな方向にいってしまうのを止められない。




「…………」



「……なんや……段々、変な気分になってきてしもたな……」



「!!そっ、そういうこと、言わないでよ!………あああと、前の方は……自分でお願いします……




厭らしい心を読まれてしまったみたいで、かあっと赤くなった顔を見られる前に彼に背を向ける。



洗うてくれへんの?と残念がる楽しそうな声。



そうやって俊太郎さんが私をからかって遊ぶから、余計な汗をかいてしまう。



俊太郎さんのお風呂が終わってから、私もすぐ汗を流した。






―――



寝室で間接照明を灯し、彼はベッドの上で携帯の画面を眺めていた。




「……今日、ブルームーンらしいよ」



「ブルームーン……?って何だっけ?」




首をかしげる私に、彼は見ていたサイトの画面を見せてくれた。



「3年に1度だけ、ひと月に2回満月が見れる月があるんやて。

それが、7月2日と、31日……今日や。2回とも見たら幸せになれるらしいで」



「…へぇ…」




俊太郎さんが携帯を置いて、ベッドから降りて窓際に向かい、シャッとカーテンを開ける。




「……○○、おいで」




呼ばれて、隣で同じように軒下から夜空を覗いた。




「…わ、すごい!綺麗に見えるね。……でも、1回目は見逃しちゃったね、残念…」



「1回見逃したくらいで丁度ええ。今でも充分過ぎるくらい幸せやのに。これ以上の幸せは怖いくらいや」



「……そうだね。うん、充分幸せだもん。

……でも、新婚生活始まったばっかりなのに、俊太郎さんに怪我させちゃった…」




月から視線を落とす私の肩を引き寄せ、俊太郎さんが穏やかな声が囁く。




「……わては嬉しかったよ」



「…嬉しい?」



「○○を守る。わての役目のひとつやさかい。今日それがちゃんと出来て嬉しかった。
○○に怪我がなくて、ほんまに良かった」



「俊太郎さん……」




幸せそうに微笑む彼の右手を取り、そっと手を重ねて、

早く良くなりますように・・・月に祈った。






おわり☆ミ

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