●○短篇○●
□天女の秘めごと
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大通りのど真ん中には大きな笹竹。
そこにお客さんや遊女達が願い事を書いた、色とりどりの短冊が結び付けられていく。
私の願い事を書いた短冊もそこに結び付けた。
揚屋の軒先にも七夕飾りが吊るされていて、
島原はとても賑やかな雰囲気に包まれていた。
・・・・七夕かぁ・・・
年に一度の織姫と彦星の逢瀬の日。
お座敷に向かう道すがら、遊女とお客さんが仲良く腕を組み合っている様子が目に映り、
あんなふうに七夕の夜を・・・
・・・・枡屋さんと一緒に過ごせたらいいな・・・・
自然と大好きな人の顔が頭に浮かぶ。
―――
今日のお座敷には・・・・
龍馬さんと翔太くん、高杉さんに枡屋さんと。
こちらも賑やかだった。
龍馬「ところで、○○。七夕は誰と過ごすんじゃ?」
「えっ…」
龍「もし、まだ誰とも約束を取り付けとらんのなら、わしと翔太とで出掛けんかや?」
翔太「星が綺麗に見えるとっておきの場所があるんだ、行こうよ○○」
高杉「○○こいつらと過ごすくらいなら、俺と過ごす方が楽しめるぞ」
枡屋『…………』
「え…あ…あの……」
高「……ん?珍しいな。枡屋どのがこの手の話に割って入ってこないのは」
『そない不躾に女子を逢引きに誘うもんやありまへん』
高「…ふんっ、ならば枡屋どのならどうやって○○を誘うんだ?」
『なんでそれを高杉はんに教えなあかんのどす?』
高「いいじゃないか。百戦錬磨の色男の手の内を是非、ご指南頂きたい」
『やめとくれやす。○○はんの前で、そないな話し……』
わざとらしく腰を低くする高杉さんに、
優雅に杯を傾けながら、それをさらりとかわす枡屋さん。
いつもの微笑ましい光景だけれど、
七夕の話をする気配のない枡屋さんがもどかしい。
いつも逢引きのお誘いをしてくれる時、
枡屋さんは決まって、正式に逢状が届く前に、
ドキドキするような誘い文句と一緒に、私の都合を聞いてくれる。
明日は七夕。
だから・・・・
今日あたり、そのお誘いのお話があってもいいんだけどな。
お仕事忙しいのかな。
それとも・・・
もう他の人と約束しちゃってるのかな・・・・・。
龍「ほいで、○○。誰と過ごすか決めたがか?」
「え…あの……」
高「皆の前だからと恥じらうことはないぞ○○。はっきり言え。俺が良いと……」
「…あの…私は…………」
枡屋さんと過ごしたい・・・・なんて恥ずかしくて言えないし。
それに、枡屋さん以外の人と七夕の夜を過ごす気にはなれない。
だから・・・
「私は……花里ちゃんたちと、星を見に行こうって、約束してるので……」
みんなには悪いけれど、嘘をついてしまった。
龍「…ほうか、そりゃ残念じゃのう」
高「七夕に女同士で過ごして何が面白い?……まあいい。気が変わったら、いつでも俺を呼べ」
「…………」
だけど、この場でみんなの誘いを断ることは、枡屋さんの誘いも断ったことになってしまう。
咄嗟に口から出てしまったことだけど、自分の発言に後悔した。
龍「おりょ?酒が切れてしもた。○○、悪いけんど、お代り貰ってきてくれるか?」
「あ、はい、ただいま」
龍馬さんに頼まれて、お酒を取りに行こうと立ち上がる私より先に、枡屋さんが立ち上がる。
『いや、わてが行ってきまひょ』
「え…そんな、お客さんに行かせるわけには……」
『ええんどす。少し飲み過ぎたようやし、酔い醒ましがてら、わてが行ってきます』
「……そうですか…それじゃあ、お願いします……」
☆☆☆
やはり遅かったか・・・・・・。
ほんまなら、文月に入ってすぐにでも○○はんに七夕の逢瀬の約束をしたかった。
そやけど、店の方が忙しゅうて、七日に都合がつくかが分からへんかったさかい、
○○はんには約束できひんかった。
ほんでも、なんとか今日まで都合がつくよう間に合わせた。
・・・・○○はんと七夕の夜を過ごすために・・・・・
そやけども、花里はんたちに取られてしもうたようや・・・・。
・・・まあ、他の男に取られるよりはええか・・・・
そんなふうに自分を納得させながら、徳利を数本貰うてまた座敷へ戻る途中・・・・・
花里「あっ、枡屋はん。おばんどす」
『……ああ、花里はん。おばんどす』
廊下で花里はんに会うた。
○○はんに先に約束を取り付けた、わてとしては恋敵・・・・?
「○○はん、顔赤くして嬉しがっとりましたやろ?
頬染めて笑うとる○○はんの顔が目に浮かぶわ〜」
『……?』
「……なんや、○○はんのこと、まだ誘うてへんのどすか?」
『誘うて……○○はんは花里はんらと星を見に行く約束をしとると言うてはりましたが』
「……?そないな約束しとりまへんけど」
『約束しとらん?』
「○○はん、枡屋はんからのお誘いしか受けへんて、
他の旦那はんからの七夕の逢状、ぜぇんぶ断っとるんどすえ?」
・・・・○○はんがわての誘いを待っとる・・・・?
「○○はんがどないな顔して帰ってくるか楽しみや!……ほな、ごゆっくり」
そう言うと花里はんは、けたけた笑いながら廊下の向こうへ消えていった。
・・・・さっきのは、わてのためについた嘘やったんか・・・・・
『…………ふっ』
嬉しさのあまり、思わず笑い声が漏れてしまった。
慌てて周りを確認して、幸い人がいなかったことに安堵しながら、座敷へ戻る歩みを進める。
せやけど、今の座敷でそないな話をしたら、あの賑やかな人らが黙ってへんやろ。
・・・・どないしたらええやろか・・・・・
☆☆☆
龍「……おお、枡屋さん。すまんかったのう」
『気にせんといておくれやす。お陰で……』
龍「……ん?」
『…何でもありまへん』
「枡屋さん、ありがとうございました」
『いいえ』
枡屋さんがお酒を貰いに行ってくれている間に、
龍馬さんたちは、大通りの笹竹に飾る短冊を書いていた。
「枡屋さんも、どうですか?」
『へえ、おおきに』
そう言って、枡屋さんにも筆と短冊を渡す。
翔「……よし!できた」
龍「…ん、翔太は何を願ったんじゃ?」
翔「剣が上達しますように…って」
龍「おお、ええのう。翔太らしい願い事じゃ!」
翔「龍馬さんは何を書いたんですか?」
龍「わしは……みんなが笑顔でいられますように、と」
「ふふっ…龍馬さんらしいですね」
龍「…ほうか?」
みんなと楽しく話をしながらも、
この中では一番落ち着いていて、口数の少ない彼が気になって仕方ない。
・・・・もう七夕のお誘いもないだろうし・・・・・
だったらせめて彼の願い事が知りたい・・・・・。
「……高杉さんは、どんなお願い事を書いたんですか?」
高「知りたいか?」
「……………やっぱりいいです。…枡屋さんは、何を書かれたんですか?」
『内緒どす』
唇の前に人差し指を立ててながら、色香を含んだ流し目をもらって、独りどぎまぎしていると、
「きゃっ!」
にゅっと伸びてきた手に肩を引き寄せられ、
気付くと、紅い着流しから肌蹴た逞しい胸元が目の前にあった。
「…っちょ!ちょっと、高杉さん、離してください…っ」
高「俺の願い事なら、枡屋どののようにもったいぶらずに教えてやるぞ」
そう言う高杉さんの片手に握られていた、赤色の短冊を取り上げてみると・・・・
「……っ〜〜〜!」
私はみるみるうちに首筋まで赤く染まる。
そんな私の手から、高杉さんが短冊をすっと抜き取った。
高「おい、返せ。これは大通りの笹竹に・…」
「こんなの!大通りになんて絶対に駄目ですっ!」
私はまた高杉さんから短冊を奪い取る。
それを高杉さんがまた取り返す。
そんなキリのないやり取りを続けていると、もう一つの手がすっと二人から短冊をり上げた。
『これは…わてが責任を持って、処分しときます。せやから○○はん、安心しとくれやす』
「…あ…ありがとうございます……」
枡屋さんに預けておけば心配ないと、私はほっと胸を撫で下ろした。
高「ちっ…まあ、天に願うまでもなく、○○……お前の許しが得られれば俺の願いは叶うんだがな」
鼻先がくっつくほど顔を寄せて言う高杉さんの首根っこを、枡屋さんが掴んで私から引き剥がす。
『そろそろ時間や。帰りますえ、高杉はん』
高「……妬いたのか?」
『ちゃいます』
―――
お座敷を出て・・・
みんなで書いた短冊を、大通りの笹竹に結びに行く。
翔太くんの黄色い短冊は、ちょうど私の目線くらいの見やすい位置に。
龍馬さんの青色の短冊は、龍馬さんが背伸びをして結び付け、誰よりも高い位置に。
高杉さんは赤い短冊を枡屋さんに没収されてしまって、ふてくされている。
枡屋さんの紫色の短冊は、あまり人目につかない下に垂れさがった枝に。
・・・・枡屋さんの短冊。
・・・・・みんなが帰ったら、こっそり見ちゃおう・・・・
高「○○、待っているぞ」
「待たなくていいですから」
龍「ほいじゃあ、○○また来るぜよ」
翔「またな、○○」
『ほな、また』
「……お気をつけて」
今日はあんまり、枡屋さんとお話出来なかったな。
七夕の「た」の字も、彼の口から聞くことはできなかったし・・・
当然、約束も貰えなかった・・・・。
楽しいお座敷だったけれど、ちょっとだけ不完全燃焼な気持ちでみんなを見送った後・・・・
さっそく枡屋さんの短冊を捜す。
だけど・・・
「……あれぇ?ここらへんだったはずなんだけど…」
ついさっき、確かに結び付けられたはずの紫色の短冊が見当たらない。
「おかしいなぁ……」
必死に捜していると、明るい声が私の名前を呼んだ。
花里「○○はん、お疲れさん!」
「……花里ちゃん、お疲れ様!」
花「なんや、背中に笹の葉なんか挿して、えらいご機嫌やなあ。
……さては。枡屋はんに七夕の約束、もろたんやね?」
「えっ!?笹の葉?」
花里ちゃんの言葉に、思いっ切り首を捻って背中を見てみると、
確かに、帯に挿さっているのか、緑色の葉っぱが見える。
「…!ちょ、ちょっと、取って花里ちゃん」
花「……ほれ」
・・・・誰?こんな悪戯するの・・・・
花里ちゃんに取ってもらった一節の笹の枝は、よく見ると誰かに手折られてた様子で・・・・
「……ぁ……」
・・・・そこには、私が探していた紫色の短冊が結び付けられていた。
・・・・枡屋さん!?・・・・・
そうして、そこに書かれていた文字を見て、私の心臓は静かに暴れ出す。
花「○○はん?なに?それ……」
「……は、花里ちゃんも、今日のお座敷は終わり?」
花「へえ」
「それじゃあ、一緒に帰ろうか」
花「……話し逸らそうとしてもあかんで。見せてえな。何?それ。なあ、○○はん。なあ…」
「…っ、だめっ!」
私の手から短冊を取り上げようとする花里ちゃんを必死にかわす。
花「なんでえ?うちと○○はんの仲やないの。見せてくれてもええやん?」
にんまりと不敵な笑みを浮かべながら、紫色の短冊を狙う花里ちゃん。
・・・・絶対からかわれてる・・・・
「だめだめだめっ」
そんな花里ちゃんを、なんとか振り切って―――
自分の部屋の襖を閉めると・・・・・・
ふうっと、ひとつ深呼吸をしてから、改めてその短冊に書かれた文字を読み返す。
絶対に見間違えることのない、流れるように柔らかく綺麗な文字で、
そこに書かれていたのは・・・・
七
夕
の
夜
迎
え
に
来
き
ま
す