●○短篇○●

□勘違いは恋の予感
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12月24日クリスマスイブ。

彼氏、彼女、家族のため。

何故かクリスマスに積極的な我が社は、暗黙の了解で今日という日は残業無し。

そして私は予定無し。

今日はみんな定時に帰るために、社内はいつになく忙しなかった。



入社する前、大学時代に付き合っていた彼とは遠距離恋愛の末別れた。

それっきり、恋愛よりも仕事の方が楽しくなってしまって、ここ数年浮いた話はひとつもなく、

はっきり言ってクリスマスなんてどうでもいい。

唯一の楽しみと言えば、クリスマスだからとかこつけて、

罪悪感なしにケーキが食べられることくらい。

今夜は思う存分ケーキを食べるために、いつもよりも軽めのお昼を終え、オフィスに戻ると、

斜め向かい一つ隣の古高先輩が、サンドウィッチを片手にデスクにいた。


「……あれ?昼休み返上ですか?」

「……ああ、夕方まで出さなあかん資料があってな」

「何かお手伝いできることがあったら、遠慮なく言ってください」

「おおきに」


優しく微笑んでくれる先輩の笑顔に癒されながら、

昼休みを返上してまで頑張っている彼もきっと、今夜は恋人との甘い夜を過ごすのだろう。

そんなことを思って、少しだけ寂しい気持ちになる。



私に仕事を教えてくれたのは古高先輩。

新人の頃から入社5年経った今でも、よくやらかす私のドジな失敗を、

いつも優しくフォローしてくれる。

でもそれは私にだけじゃないのはわかってる。

知的で、仕事も出来て、男女問わず信頼は絶大なデキる男。

長身でスタイル抜群、超が100個つくくらいのイケメンで、

おまけに大人な男の色気もあって、誰にでも優しくて、文句無しに会社いちモテる男。

きっと誰もが目が合っただけで恋に落ちてしまう。

私も例外ではなく。

彼への気持ちは確かな恋心。

だけど、私は自分のその気持ちにブレーキをかけた。

だってこんな素敵な人が、私なんかを好きになるはずがない。

古高先輩との会話はいつも事務的な仕事の話だけだってとこでもよくわかる。

私になんて興味はないこと。

好きになって、期待した分、傷つく。

最近、さりげなく可愛いなんて言われることがあるけど、

それも私のリアクションを楽しんでからかっているだけだって分かってる。

私はそんなリップサービスに勘違いするような馬鹿な女じゃない。

だから、古高先輩への気持ちは、憧れのイケメン俳優やアイドルを応援するような気持ちなんだ。

そう自分に思い込ませた。

そうすれば傷も小さくて済む。

彼女がいたって、結婚してしまったって、素直に幸せを願ってあげられる。



先輩が打つキーボードの軽やかな音を聞きながら、午後の予定を確認する。

そこへ隣の席の子が鼻歌交じりに昼休みから戻ってきた。


「随分ご機嫌だねぇ?今日はデート?」


言葉にはせずにんまりと笑顔だけを向けられ、

そんなことにももう腹も立たないくらいに、

独りで過ごすクリスマスに慣れてしまった私は大分重症かもしれない。


「○○は?」

「予定はないよ」

「まだ彼氏つくる気にはならないの?」

「まあね……そんな無理につくるもんじゃないし……」

「そんな暢気なこと言ってると、婚期逃すよ?」

「余計なお世話です」


冗談を言い合って笑う彼女は、古高先輩もカッコイイけど、やっぱり私は彼氏一筋!なんて言う幸せ者だ。



そんな他愛のない話から始まった午後。

周りの忙しなさに急かされるように仕事をこなしながら、時刻はもうすぐ17時。

特に予定もない私は、いつも通りゆっくりしていたら・・・

気付いた時には、オフィス内はもぬけの殻だった。


僅かに感じたブルーな気持ちには気付かないふりをして、

大きなため息を吐き出してから、席を立った。



――外に出ると、肌を刺すような冬の冷たい空気に煽られ思わず身震いする。

通りに並ぶ街路樹に施された電飾がキラキラ輝き、遠くに見える無駄に大きなクリスマスツリー。

眩しいくらいに光り輝く町並を見ると、クリスマスなんて関係ない…と思いながら、

やっぱりどこか喧嘩を売られている気分になって、心はふてくされてしまう。


・・・いつものスーパーでケーキと安物のシャンパンでも買って早く帰ろ・・・


乾いた歩道を歩きながら、ぐるぐるに巻きつけたマフラーに鼻まで埋めて、

路肩に止まっていた一台の高級車を横目に通り過ぎる。

すると…

―ファンファン

すぐそばで鳴った高級車らしいまろやかなクラクションの音にびくりとして振り返ると、

視線の先には、車の窓に肘掛けながらこちらに向かって手を上げる古高先輩。

私はきょろきょろと周りを見渡し、他に誰もいないことを確認すると、自分の鼻を指差す。

そんな私の間抜け面に、先輩は笑いながら頷いて手招く。


「……先輩……どうしたんですか?」

「送るよ」

「…………は?」

「寒いやろ、早う乗りぃ」


言いながら、古高先輩が助手席を指差す。

・・・何の罠だろう・・・

会社イチ人気者で、モテモテの古高先輩が?

私を車で送ってくれるって?

しかもイヴの夜に。

彼女は?デートは?

疑問が次から次へと湧いてくる。

あんまり自分の話を積極的にするタイプじゃない古高先輩。

私生活が見えないところがミステリアスで、そこがまた人気の理由でもあるのだけれど。

こんな素敵な人に彼女がいないなんてことがあるわけない。

そんな噂すら漂わせないほど、古高先輩の私生活は良く分からないから、

彼女がいるともいないとも言えないけれど。

もしかして喧嘩したとか?

クリスマスに別れるカップルっていうよくあるパターン?

それで暇つぶしに確実に空いている私を?

きっと昼休みの同僚との会話は彼にも聞こえていたはずだ。

だから・・・うん、それが妥当だ。

勝手に結論付けた私に天使の格好をした悪魔が囁く。

・・・最初で最後のチャンスなんじゃない?・・・

古高先輩の車の助手席に座れるなんて!

家までの数分間だけでも、憧れの古高先輩と恋人気分を味わえる!

別にやましいことがあるわけじゃない。

ただ偶然通りがかったついでに送ってくれるっていう後輩に対する優しさだし。

これはきっと、毎日仕事を頑張ってる私へのサンタさんからのプレゼントなんだ♪


・・・サンタさん、ありがとう!・・・


都合良く引っ張り出されたサンタさんに心の中でお礼を言ってから、助手席に乗り込んだ。



良質な革の匂いと、隣の先輩との距離の近さに、

緊張を誤魔化すように私はおどけて言ってみせる。


「イヴの夜に声かけるなんて…他の女の子だったら、きっと勘違いしちゃいますよ?」

「……ええんやない?勘違いしても」


その横顔が、一瞬真剣なものに見えてどきりとしたけれど、

先輩にそうやってからかわれるのはよくあることだ。


「もう!またそんな事言ってからかわないでくださいよー」


明るく笑う私に先輩は苦笑するだけだった。

それがやっぱり、いつものからかう雰囲気とはどこか違うのが気になりながらも、

私は行き先も聞かずに車が動き出していることに気づく。

・・・あれ?先輩、私の家知ってたっけ?・・・

「あの……先輩…」

「この後、時間大丈夫?」

「え…あ、はい」


言葉を遮るようにそう聞かれて、もちろん予定などない私は頷く。


「ほんなら、少し付き合うて欲しいところがあるんやけど……」



―――

そう言われて着いた場所は、某高級ジュエリーショップ。

出入り口には警備員が微動だにせず仁王立ちしている。

…でも先輩、どうして私をこんなところに?…

疑問は残るものの、こんな所滅多に入れる場所じゃないと、

中はどうなっているのか興味の方が勝って、

私は先輩の後について店内に入った。


中に入ると店員さんに出迎えられ、案内されるままに螺旋階段を昇っていく。

そこで先輩が二階で待機していた店員さんと二言三言交わした後、

奥の部屋から黒光りする箱がいくつか運ばれて来た。


中に入っている豪華絢爛な宝石を想像しながら、私もきっと二度とないかもしれないこの機会に、

店内にディスプレイされている宝石を覗き込む。

・・・こんなの彼氏からプレゼントされてみたいなあ・・・

なんて妄想をしていると、先輩に呼ばれ手招きされる。

傍に寄ると二つのネックレスが目の前に提示された。


「これ、どっちがええ?」


ひとつは、きらびやかで大きなダイヤが2つも付いていて、装飾も目を引く。

豪華でちょっと高そう。

もうひとつは、小ぶりのダイヤが一つだけのシンプルで控えめだけど、とても可愛らしい。

・・・そうか・・・

喧嘩した彼女への仲直りのプレゼントを買いに来たんだ。

クリスマスの朝、これが枕元にあったら・・・やだ、素敵!

そんなことされたら、きっと彼女も機嫌が直る。

となれば、失敗は許されない。

それで女目線の意見を聞くために、私を・・・。

ようやくがてんがいって、完全に勝手な妄想を繰り広げている私は勝手に意気込む。

先輩のためにもいい加減なことは言えないと、真面目に意見を述べた。


「こっちのは……気持ちの大きさは伝わるかもしれませんが……
洋服も選ばないといけなさそうだし、身につけるのに少し勇気がいるかも。
こっちのは……控えめで目立たないけど、普段着でも仕事で着るスーツの時も、
服も付ける場所も選ばなくていいし……彼から貰うなら常に身につけていたいと思うから……
こっちの方が嬉しいんじゃないかなって、思います」


言い終えると先輩はにこりと微笑んで、

私の助言通り、控えめの可愛らしい方のネックレスを選んだ。



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