●○短篇○●

□姫初め-ヒメハジメ-〜弐千拾五〜
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「――すぐに代わりの子が参りますので」



俊太郎さまから逢状がかかったとの報せを聞いて、先客のお座敷に挨拶をする。



頭を下げ、襖を閉めた後…



私は新年早々やらかしてしまう。



「きゃっ…!?」



正月休み明けの今年初めての営業ということもあり、



揚屋内を人が忙しなく人が行き交う中、立ち上がった拍子に、



お盆に徳利を沢山乗せた仕出しの女の人とぶつかってしまったのだ。



「っ…つめた…」



「申し訳おまへん!」



ぶつかった衝撃で尻もちを着いた挙句、私は頭からお酒を被ってしまった。



女の人は慌てて懐から手拭いを取り出し、濡れた私の髪や肌を拭いてくれる。



「ほんますんまへん」


「いえ、気にしないでください。
私も周りを良く見ないで立ち上がてしまったのも悪いので…」


「すぐに着替えを持って来ます……確か、藍屋はんとこの娘はんやったね」



大丈夫です、と言いかけた私の目の前に大きな影が落ちる。



「――怪我はありまへんか」



聞き慣れたその柔らかな声に、はっと顔を上げた先には、



今年初めて逢う大好きなひとの姿があった。



「しゅ…枡屋さん……」


「着替えはわての座敷に届けてくらはりますか」


「へえ、すぐに……」



俊太郎さまの言葉に頷くと、



女の人は、転がった徳利を手早く拾い上げ廊下の向こうへ駆けて行った。



「……痛いとこはない?」


「は、はい……」



怪我がないか確認しながら、俊太郎さまは廊下に座り込む私を立たせてくる。



「ひとまずわての座敷に行きまひょ」



そうして向かった俊太郎さまのお座敷。



二人向かい合わせに座り、



今度は俊太郎さまの手拭いがお酒で濡らしてしまった私の肌を拭いてくれる。



「思ったよりも派手に濡らしてしもうたようやね」


「すみません…今年初めてお逢いするのに……
こんなみっともないところをお見せしてしまって……」



恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちで、自然と俯いてしまう私に、


俊太郎さまはいつものように、からかい混じりの優しい言葉をくれる。



「なんも謝ることはおまへん。むしろ雫の滴る艶っぽいあんさんが見られて……」



ふと、彼の言葉が途切れたことを気に留める間もなく、



胸元に触れた冷たい感触に意識を取られる。



髪の毛から伝った雫が落ちたらしい。



その冷たさにぴくんと肩を跳ねさせ視線を落とすと、



少しだけ着崩した衿から覗く胸元にも、お酒がかかってしまっていて、



雫の粒が肌を濡らしていた。



すると沈黙の中で視線を感じ、私は俯いていた顔をそっと上げる。



危険な香りを感じながら、見上げた視線の先で、彼の妖艶な瞳に射抜かれた。



それに私は軽い眩暈を覚えながら、



胸元を拭おうと伸ばした手が、俊太郎さまにやんわり握られると、心臓が暴れ出す。



「あ…っ」



そう思った時には、彼の舌が胸元の一滴を舐め取っていた。




「しゅ、俊太郎さま…だめっ…」




「あかん……こないに濡れてしもて、
ちゃあんと雫を拭っておかんと、風邪をひいてまう……」



言葉通り、彼の舌は私の肌についた雫を残さぬよう、



柔らかな感触と、時折ざらりとした刺激を入り交ぜながら、



私の肌の上の雫を一粒ずつ拭い去っていく。



「…ん…っ」


「ああ…ここも、濡れてはる……」



ぐいっと腰を引き寄せられると、俊太郎さまはうなじにも唇を這わせ始める。



体が熱くなって、肌に染みついたお酒の匂いがより濃く感じた。



その匂いだけで酔ってしまいそうで。



そこに俊太郎さまの色香が追い討ちを掛け、意識が痺れてしまいそうになった頃――



襖の向こうから声がかかる。



「――お着物、お持ち致しました」



「…っ!俊太郎さま……離して、ください……」



俊太郎さまの胸板を押し退けて懸命に彼の腕の中から逃れようとするも、



びくともしない。



「すんまへん。今、手ぇが離せんさかい、そこに置いといてくれますか」



私の動きを封じながら、俊太郎さまは何食わぬ顔で襖の向こうに声を掛ける。



それを合図に、そっと開いた襖の僅かな隙間から、



わざわざ藍屋まで取りに行ってくれた着物が差し入れられる。



申し訳ない気持ちから、私は無意識にそちらへちらりと視線を向けた。



すると、先程廊下でぶつかった女の人と目が合う。



「っ…」



私は耳まで真っ赤にして身を縮めた。



俊太郎さまの腕の中で、肩まで着物を肌蹴させた厭らしい自分の姿を、



女の人とは言え、見られてしまうなんて・・・恥ずかし過ぎて消えてしまいたい。




「ほな、ここに置いときますさかいに……失礼致しました」



けれど、そんな私を余所に、その女の人はこんな状況には慣れている様子で、



目の前で起こっていることなど、微塵も気にも留めないというように、



あっさりと挨拶をして去って行った。





そして、襖の向こうの足音が聞こえなくなると、



俊太郎さまは耳元で、低く、妖しく、囁く。



「……着物も届いたとこやし……こっちは脱いでしまいまひょ……」


〜交〜

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