●○短篇○●

□ありきたりな仕合せ
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茜色に染まる空。

久しぶりに訪れた彼の部屋。

カレーの匂いがしてる。

彼は料理が趣味で、休みの日はよく料理を作る。

得意料理はカレーライス。

お世辞抜きで、どこのレストランのものより彼のカレーが一番美味しいと思う。

その香りの漂う部屋の中、ソファーの背もたれに頭を預けて、

ただぼーっと眺める空が好きだった。




会社での昼休み――

私は、今日も遅くまで残業になりそうだし、明日も忙しい。

彼は、今日と明日の二日間休みだって。

お互い仕事が忙しくて、なかなかゆっくり二人で過ごす時間もない。

同僚にそんな愚痴をこぼしていると、

部長から急遽、明日が休みになることを告げられた。

それを聞いて、私はすぐに彼にメールを打った。

そしたら、1分もしないうちに返信がきて、

”明日はゆっくり二人で過ごそう”って言ってくれて。

おまけに退社時間に会社まで迎えに来てくれて。

そのままの流れで、なんとなーく彼の家に着いた。




――彼の家に来たからといって、取り立て何をするわけでもない。

彼の家には私がいつ来てもいいように、部屋着や着替えも常備してある。

その部屋着用のスウェットに着替えて、

私はソファーの定位置で物思いに耽って、

鍋を弱火にかけたまま、

彼はあっちで何かしてる。


触れ合って、いちゃいちゃして、

言葉を交わし合って、愛を囁き合って・・それももちろん幸せ。

だけど、

同じ家の中で別々の場所で、それぞれ自由に好きなことをして過ごして、

ただそこに居る、お互いの存在が同じ空間に在る。

それだけで幸せを感じられる。

特にこれといった会話もなくたって、居心地が悪くなったりはしない。

・・・こういうの「家族」っていうのかな・・・

なんて、まだ約束もされてない未来のことを考えて、

一人で恥ずかしくなって、自分に笑っちゃう。


そんなふうに想える彼と出逢えたことを、

またそう思える人が彼で良かったと、幸せに思いながら、

淡く優しい夕焼け空に、なんだか感傷的になって、

無性に彼が恋しくなって・・・


「……俊ちゃん」


名前を呼べば、あっちの方からすぐ傍に来てくれる。


「なに?」


言いながら、ぽすんとソファーを沈ませて隣に座った彼に、悪戯っぽいく笑ってみせる。


「……ん?呼んでみただけ」

「なんやそれ」


そうやって、きれいな瞳を細めて、優しく笑う彼が大好きでたまらない。

そんな彼が愛しくなって、触れたくなって、自分からきゅっと抱きついた。

すぐに長い腕が優しく抱きしめ返してくれる。


「……珍しい。○○から抱きついてくるなんて」

「いけない?」

「そんなわけないやろ。凄く嬉しいよ。
普段から、もっとこうしてくれてええのに、
○○は恥ずかしがりやからなかなかしてくれへんし」


胸元にもたれた顔を、彼の笑顔に覗き込まれて、

私はぽっと頬を熱くしながら、それと反対方向にぷいっと顔を背けた。

くすくすと笑いながら、彼の指が私の髪を梳く。


「……明日、仕事休みやろ?」

「うん」

「ほんなら、今夜は泊まっていくやろ?」


心臓がどくんとした。

彼とはもう何度も夜を過ごしてきたし、

きちんと部屋着に着替えて、思いっ切りリラックスしておきながら、

自分から誘ってるみたいで、素直に頷くのは何故か恥ずかしい。

けど・・・


「……うん……」


厚い胸板に顔をうずめながら、蚊の鳴くような私の答えも聞き逃さなかった彼に、

ゆっくりとソファーに押し倒されて、近距離で見つめ合って、

唇をちゅっと啄まれる。

彼の指が耳のラインをそろりとなぞって問いかける。


「……ええ?」

「っ!?でも、まだ夕方…」

「夜まで我慢できひん……」


スウェットの上着がたくし上げられた。



2へ続く>>
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