●○短篇○●
□夜桜舞う朧月夜
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【第一幕】
◆其の壱◆
春が近づく高揚感と共にやってくる、彼の誕生日。
今年は何を贈ろう?
身に着けられるような小物か、普段使いの何かか…
まだ雪の残る頃からずっと考えているけれど、梅の花が咲き始める頃になっても納得いくものが見つけられずにいた。
俊太郎さまの持ってるものはすべて、厭らしくない高級感と品がある。
私のお小遣いで買えるようなものじゃ、とても彼に見合うようなものはあげられない。
私からの贈り物なら何でも嬉しいって、俊太郎さまが言うのは知ってる。
むしろ何も要らないって言うくらいだろう。
だけど、それじゃ私の気が済まない。
誰よりも大切で、誰よりも大好きなひとが、この世に生を受けた日。
高価なものや格好のいいものじゃなくたっていいんだ。
生まれてきてくれてありがとう、私と出逢ってくれてありがとうって想いを込めて、ちゃんと意味のあるものを贈りたい。
そんな気持ちだけが溢れんばかりに膨らんで、肝心の中身がまだ空っぽのまま。
気付けば、もう少しで彼の誕生日まで一ヶ月を切ろうとしていた。
――――
何か手作りであげるのもいいかな?
それとも、小旅行みたいな感じて二人でゆっくり過ごす時間なんてのもいいかも?
「ん――はん、……○○はん?」
「…………っ!はいっ!…あ、すみません、お注ぎしますね」
俊太郎さまの言動から誕生日プレゼントのヒントになるようなものはないだろうかと、彼を観察しているうちにとっぷり考え込んでしまっていた。
空の杯に慌ててお酒を注ぐ私の鼓膜を色香を含んだ笑い声が擽る。
「わてよりもあんさんを夢中にさせとるのは、どこぞの色男やろか…」
からかう指に撫ぜられた頬が、ぽやっと熱をもつ。
「ちっ、違います!……すみません、ぼーっとしちゃって…」
あなたのことを考えてました。
とは言えない、言いたくない。
恥ずかしいからじゃない。
だって、やっぱり…
誕生日プレゼントはサプライズに限る。
――私が注いだお酒に軽く口をつけてから、再び俊太郎さまの優しい声が私の名前を呼ぶ。
「○○はん……」
「…はい」
「舞を、見せてくれまへんか。島原へ来る時、あんさんの舞を見るのも楽しみの一つなんや」
俊太郎さまは、唄や三味線よりも私には舞をご所望されることが多い。
三味線なんか音を外して慌ててるところも可愛いなんて言ってくれたりするけど、舞に関しては手放しに褒めてくれる。
芸を褒めてもらえることは遊女としても誇らしいことだ。
私の舞う姿を恍惚の表情で見入る俊太郎さまは、最後に感嘆の息とともに拍手をくれる。
「ほんに、○○はんの舞は束の間、憂き世を忘れさしてくれる……」
こんな私の拙い芸でも、俊太郎さまを癒すことができるなら嬉しい。
だけど結局、誕生日プレゼントのヒントは見つけられなかった。
強いて言えば…
最近お疲れなのかな、ということがわかっただけ。
俊太郎さまは私の前ではいつも笑顔でいてくれるけれど、今日はその笑顔には疲れが見えた。
私にはあまりお役目の話はしてくれないからよくわからないけれど、きっと忙しくしているのだろう。
どこかにお出掛けに誘うのもいいかなと思っていたけれど、お疲れ気味の俊太郎さまに無理はさせたくない。
また悩む日々が続いた…。
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