●○半篇○●

□其っち退け/其っち退けのけ
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<其っち退けのけ>



少し着崩した粋な着こなしに、いつもに増して色気を放つ浴衣姿の彼。



緩めの襟元から時々覗く鎖骨が艶めかしい。




金魚を追う指先は器用でしなやかに動くのに、



捲くった袖から見える筋張った腕の逞しさにどきりとする。




少し前を行く、いつもは見えない彼の足首が妙に色っぽい。




目移りする程の賑やかな出店や屋台よりも、私の視線は俊太郎さまを追っていた。




『もうそろそろ頃合いやろう……』



「そろそろ?」



『花火。…よう見えるとってきの場所がありますさかい、そこへ行きまひょ』




そう言って、神社の脇道を行く俊太郎さまの後を追っていくと、ちょうど境内の真裏まで来た。



周りは木々に覆われているけれど、見上げると星空がよく見える。




『ここなら、誰にも邪魔されんと、二人きりでゆっくり花火が楽しめます』



「そうですね……」



この時代は、花火見物は屋形船で楽しむのが主流。



だから、誰もこんな場所で花火が見えるとは思わないだろう。



俊太郎さまの言葉通り、二人きりの時間を楽しめそうだ。



甘く胸をときめかせながら、境内へ上がる階段に二人で腰かけ、花火が始まるのを待つ。




すぐそばで鳴く虫の声と、ふわりと頬を撫ぜる夜風に心地良さを感じていると、



傍らに置いていた手に、彼の手が重なって、瞬時に体温が上がる。



反射的に彼の顔を見上げると、こちらを見つめる俊太郎さまと目が合った。



『やっとこっちを見てくれた……』



「え?」



『さっきから、あんさんに目を向けるとすぐに逸らされてもて、寂しゅうおました』



「そ、それは……」



・・・・ずっと俊太郎さまばっかり見ていることに気付かれてしまうのが恥ずかしかったから・・・・



『……わては、涼しげな金魚玉よりも、夜空に打ち上げられた花火よりも、

清らかで美しいあんさんをこの瞳に映しておきたい。

せやから、○○はんのそのかいらしい瞳にも、今はわてだけを映しといておくれやす』



・・・・そんなこと、言われるずっと前から私の瞳には貴方しか映っていないのに・・・・・



思いきって言葉にしてみようかと口を開きかけたその時――



いきなり大きな音を響かせて夜空に花開いた火花に思わず目を向ける。



「わぁ…綺麗……」



けれど、顎に添えられた指先にすぐに視線を戻されてしまう。



『よそ見はせんといて』



俊太郎さまの親指がすっと私の唇を撫でる。



彼と私だけの暗黙の合図。



・・・だけど・・・



「こんな場所で……恥ずかしい、です……」



『花火にかて、わてを嫉妬さしたあんさんが悪いんや……』



熱っぽい視線を向けられると、くらくらして眩暈を起こしそうになる。



『この綺麗なうなじを、何人の男が厭らしい目で見とったか……』



「……っ」



すいっと首裏を撫で上げられ、ぞくりとする。



『すれ違う男がどないに物欲しそうに見とっても……○○はわてのもんや……』



危険な色香を含んだ瞳に射抜かれた直後・・・・



彼らしくない、少しだけ強引な口付けが降ってくる。



「ん…っ」



腰をぐいっと引き寄せられ、僅かにあった二人の間の隙間がいとも簡単に無くなった。



生地の薄い浴衣からいつもよりはっきりと伝わってくる体温が、



今、彼に抱きしめられていることをより感じさせ、鼓動を速める。




彼からの熱い口付けに身体中を支配される間も、夜空には次々と赤褐色の火花が散っている。



「…っしゅ…俊太、郎さ、ま…んっ…花…火…」



『○○はんは、わてより花火がええ?』



「ぇ…それは……」



『……ふっ、冗談や』



やっと彼の腕の中から解放され、



その代わりに、そっと肩に添えられた彼の手に、治まらない鼓動を感じながら、私は夜空を見上げた。



「其っち退けのけ」に続く>>
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