●○半篇○●

□月と兎
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空高く輝く満月。



行燈の温かい光とは違って、



座敷を青白く染める月の光はどこか寂しげで。





差し出された杯にお酒を注ぐと、ゆらゆら形を歪めながらすぐそこに月が姿を現す。



俊太郎さまは私に優しく微笑んでから、月を映した杯に薄い唇を寄せる。



少し伏せがちにした瞳と、長い睫毛の影に、かくんと上下する喉仏。



その横顔がなんとも色っぽくて。



私はたまらなく好きだった。




それに見惚れていると、



杯をコトリと置いて、俊太郎さまは夜空の月を見上げる。




その横顔に私はまた別の意味でどきりとする。



いつもそう。



俊太郎さまが月を見上げる横顔は、憂いの色を纏っている。



見えない何かを見つめているような。



その横顔が切なくて。



私はたまらなく不安になる。




「俊太郎さま……」




「……ああ、すんまへん。……お代りを、もらいまひょか」




場を繕うように、再び杯を差し出す俊太郎さま。



そこに黙ってお酒を注ぐ私。



その理由を聞きたいけれど、彼の傷に触れてしまいそうで出来なくて。




「すんまへん。あんさんと折角の月見やいうのに、そないな顔をさせてしもて」




「……いえ……。でも……」




「ん?」




「俊太郎さまが苦しい時は、その苦しみを半分私にも分けてほしいって。

いつも思ってます……」




多くを語ってはくれない俊太郎さまの心の中に、



どれだけの痛みや苦しみを隠しているのか、計り知ることすらできないけれど。




「私にできることなら……いいえ。

俊太郎さまのためなら私、何だって出来ます……だから……」



「ほんに……○○はんには敵わんなぁ」




私の言葉を遮るように俊太郎さまの言葉が割り入る。



いつもそう。



核心に触れようとすると、佳麗に身を翻すようにかわされてしまう。




肩を引き寄せられ、私は仕方なく俊太郎さまの胸元に身を預けた。



とく、とく、と穏やかな心音が聞こえる。




「わてのために無理に何かをしようとせんでええ。

わてはあんさんがこうして隣で笑うてくれとるだけで十分なんや」




頭上で低く響く、ありにも穏やかな声音と言葉が、胸に痛みを覚えさせる。



私は俊太郎さまの為に、たったそれだけのことしか出来ないのか。



そう思うと、俊太郎さまが望むように笑顔でいたいのに、涙が表情を歪める。



その顔を隠すように俯く頬を、大きな手が優しく包み込んで。



私はゆっくり顔を上げ、はっとした。



歪んだ視線の先に見えた俊太郎さまの瞳が、私よりも悲しい色をしていたから。




「どうか……月の兎にはならんといておくれやす……」




躊躇いがちに重なった唇が切なくて。



私は、ゆっくりと離れていく彼の唇を追った。



一瞬、驚いたように息を飲んだ俊太郎さまの下唇を甘く噛んで、幾度か啄むと。



何かが切れたように二人の口付けは激しさを増す。



ぐっと腰を引き寄せられ、より深まる口付けに感じる苦しさすら愛おしく思えた。




”月の兎にはならないで”



その意味を、今の私には理解できなかったけれど。



頬に、額に落ちる唇に甘く切ない余韻を感じながら、俊太郎さまの胸に頬をすり寄せて。




「ずっと、私は俊太郎さまの傍にいますから……」




そう、ひと言だけ告げた。







おわり☆ミ



゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆




『月と兎』のお話を俊太郎さまが語ってくれてますので。 笑



↓興味のある方は、どうぞ↓






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語り:俊太郎さま





あんさんは、「月と兎」という話を知ったはりますか?




昔、天竺に兎、狐、猿の三匹の獣がおりました。

この三匹は元は人間で。

前世での行いが悪かったために、地獄へ墜ちてしもたんどす。

それでも罪の重さを無くすことができなかったために、

残りの報いは、この身を投じる覚悟で善行を心がけようと、

自分の事は顧ず、互いを敬い、他を思いやりながら三匹は仲よう暮らしとったんどす。

その様子を見ていた帝釈天(たいしゃくてん)は、

その真の心を試してみようと、老人に姿を変えはって、三匹の前に現れたんや。

そうして、三匹にこう言うた。

「私は家も家族もなく、年老いて疲れ果て、もう何も出来ない。どうか私を養ってくれないか」と。

三匹は、弱々しいこの老人を養うことに決め、

猿は木に登って、木の実や果実を取り、

狐は墓の供え物や餅や米、魚を取ってきて、老人に差し出したんや。

それを老人は褒め称えた。

「お前さん達は本当に慈悲深い、菩薩と言っても過言ではないほどだ」と。

それを聞いた兎も、必死で老人に捧げるものを探し回った。

せやけど、どうにも食べ物を見つけることができひんかったんや。

何もできひん兎を猿も狐も、老人までもが嘲笑い、

馬鹿にしたように笑いながらも、もっと頑張るようにと励ました。

そんでも兎は何も見つけることができずにおったんどす。

ほんまは野山を駆けまわって食べ物を探したいけれど、弱い自分はそないなところに出ると、

人に殺されたり、他の獣に食い殺されてしまう。自分の望まぬ形で死ぬは本望やない。

そんなふうに思い詰めた兎が最後にしたこと。

猿に枯れ木を集めてもらい、狐にはそこに火をつけてもらうように言って、

兎はいつものように食べ物を探しに行くんどす。

そうして、いつものように何も持たずに帰って来はった。

それを見た猿と狐は、自分達に火を起こさせ、お前はそれで暖を取ろうとしたのだろうと、兎を責めた。

せやけど、兎は首を振って、老人にこう言ったんどす。

「私は食べ物を持ってくる力がありませんでした。その代わり、私を焼いて食べてださい」と。

次の瞬間、兎は燃えたぎる炎の中に自ら飛び込んで、焼き死んでしもうた。

そこで老人は元の帝釈天の姿に戻り、すぐさま火に飛び込んだ兎の姿を月に映したんや。

月に見える黒い雲のようなもんは、その兎から立ち上った煙やと言います。

月の中に兎の姿を残すことで、その捨身の慈悲を月を見上げる度に人々が思い出すようにと。

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