●○半篇○●

□いつか
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私をそばに引き寄せて、私の手を愛おしそうに握って



こちらに一心に注がれる色香を含んだ柔らかな眼差し



それに私は困ったように笑みを返すことしかできなかった





だって、目の前には・・・・



不機嫌そうに盃を煽る高杉さんと



目のやり場に困ったというように、空の徳利を何度も傾けている龍馬さん



その隣で、ほんのり染まった目許でそわそわと落ち着かない翔太くん



たまらず私は、ただ一人上機嫌な彼の耳元に囁いた




「あの……俊太郎さま?みんなの前で、あんまり、そういうのは……」



『そういうの、とは…?』



「…その……て…手をただひたすら握るとか…」



『理由もなしに○○はんに触れてはあきまへんか?』



「いや、そういうことじゃなくて……」




俊太郎さまの親指が、握った手の甲をゆるゆると撫で



指の一本一本を辿って、爪の形をなぞって・・・



まるで、他の三人の存在など見えていないかのよう



今日の俊太郎さまは、なんだかいつもと違う




高杉「あ〜見ていられん!
もう用件は済んだんだ。坂本、結城、帰るぞ!」



龍馬「ほうじゃのう……なんじゃ、わしらはお邪魔みたいじゃき……

ほいじゃ古高どの、わしらは失礼するぜよ」



『へー』




視線は私を見つめたまま、手は握ったまま



聞いてるのかいないのかわからない、気のない返事




翔太「えっあっ、でも○○……」



高杉「お前も野暮な奴だな。恋人同士の逢瀬を邪魔してやるな。

……では古高どの、その件は頼んだぞ」



『へー』




繰り返される気のない返事と、私だけに注がれる微笑は一段と深くなる




「あっ、じゃあ、あの、お見送りに…っうわぁ!」




立ち上がろうとしたのだけれど



解けなかった手によって、私の体はぐらりと傾き



そして尻もちをついた先は、俊太郎さまの胡座の間




高杉「見送りはいい。

今夜の古高どのから一瞬でもおまえを取り上げたら、

あとでどんなしっぺ返しを喰らうかわからん。
……○○、今宵はたっぷり可愛がってもらえ」



「っ高杉さん!そ、そういうこと言わないでください!」




からかわれてムキになる私を見て満足したらしい高杉さんに背中を押されながら



翔太くんがお座敷から出ていき、



最後に龍馬さんが静に襖を閉めていった。





「……」




訪れる静寂



お腹の前で逞しい腕が私をしっかりロックしている




「ひゃっ!」




ふいにうなじに触れた柔らかな感触に、肩がぴくんと跳ねた




『やっと、二人きりになれた……』



「…んっ」




何度か首筋にキスを落とされたあと、耳朶を甘く食まれる




「あ、の……俊太郎さま、今日は…どうっ、されたんですか?…っ」




止まらないキスの嵐の隙間で、一瞬顔を上げ俊太郎さまは短く聞き返す




『なにが?』



「なんか…いつもと、違うから……」



『そうどすか?』



「はい………なにか、っ…良いことでも、ありましたか?」



『……そうどすな。今日もこうして○○はんに逢えた。これ以上の嬉しいことはおまへん…』



「でも…ぃっ、いつもは……こんな…っ」



『ほんなら…いつものわてはどないですの?』



「……いつもは……お酒を楽しまれながら……
もっと、こう……お行儀が、いいというか……」



『はは…そら買い被りや。行儀のええふりをしとるだけ』



「そうでしょうか……」



『そうどす。あんまりわてを過信してはあきまへんえ?
わては何時なんどきかて○○はんを欲しいと思うとる』




耳元に囁いた痺れる低音に、かあっと一気に体が熱くなるのを感じる



そのうち、お腹の前のロックが外れた



かと思うと、その腕は膝裏に添えられ、簡単に方向転換させられる



あっという間に、今度は俊太郎さまの胡座の間で横抱きにされる形になった






互いの視線が絡み合う



怖いくらい綺麗に微笑む俊太郎さまに見下ろされ、うっとりしてしまう




『かいらしい』




顎を捕らえた人差し指が角度を微調整し



そこへ落ちてくる唇



右に左に角度を変えながら、ちゅっ、ちゅっ、と何度も啄んでいく



その気持ちよさにされるがままになっていると



顎に添えられていた親指にほんの少し力が加わった



すると、私の唇は魔法にかかったように半分開く



迷わずその僅かな隙間から割り入った舌が、縦横無尽に口内を侵していく




「…ぅん……ふぁ……んっ……」




言葉にせずとも、その唇が教える



可愛い、愛しい、愛してる・・・もっと欲しい、と





彼の大きな愛を受け止めきれず、目眩を起こしそうになった頃



唇が名残惜しげに離れていく



肩で息をしながら、俊太郎さまの胸にくたりともたれかかり



くすっと笑った彼の吐息が額を掠めて、思わず擽ったさに首を竦めた



温かくて大きな手が、なだめるように頭を撫でていくその心地好さに



私は少しずつ呼吸を取り戻す






飽きずに私を撫で続ける俊太郎さまの手



体ごとすっぽり包み込まれた腕の中



いつもより近くで感じる沈香の香りを



彼の匂いとともに胸いっぱいに吸い込む



幸せすぎて少し怖くなって



二人の間の隙間を無くすように、俊太郎さまの広い背中に腕を回す



それに応えるように、すぐに強まる腕の力が私に安らぎをくれる




『○○はんと過ごす夜は…いつも思う。このまま時が止まってしまえばええと……』



「…私も…そう思います」



『ひとつの浮世絵の中に、こうしてあんさんと寄り添うたまま二人で閉じ込められてしまいたい

…そしたら誰にも邪魔されんと、四六時中○○はんと見つめ合うていられる』



「ふふ…素敵…」



『……いや、やっぱりそれはあきまへんなあ』



「…?」



『○○はんと見つめ合うてたら、その口を吸いたなる』



「っ!」




見上げると同時に、再び重なり合う唇――







そうして、心行くまで私を可愛がったあと



彼は帰っていく



別れが辛くなるから、見送りはいいと言って



名残惜しくてその背中を追いかけていった襖の前で




――愛しとる――




最後にもう一度キスを交わして






独りになったお座敷の窓から通りを見下ろし



彼の背中が閉まりかけた大門を出ていって、見えなくなっても



しばらく私は、俊太郎さまの残り香に包まれたお座敷から出られずにいる






いつか



こんな切ない気持ちで、俊太郎さまを見送らなくてもいい日が



いつか



何度日付けが変わっても、俊太郎さまの隣にずっといられるような日が




いつか必ず



必ず、訪れますように・・・



おわり☆ミ

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