●○短篇○●

□勘違いは恋の予感
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――この時期の街中は、どこもかしこもやたらキラキラ光っている。

駐車場までの道すがらのも、見渡す限りイルミネーション。

そして暗闇に浮かび上がる、青く輝く大きなクリスマスツリー。

想いは届かなくても、憧れの先輩が隣を歩いているというだけで、

さっきとは違って見えるから不思議だ。

傍から見ればきっとクリスマスを一緒に過ごす幸せな恋人同士に映っているだろう。

束の間の優越感を感じながらそんなことを考えていると、

ふいに先輩に声を掛けられびくりとして顔を上げた。


「せっかくやし、少し見て行こか」

「…え…でも……私といるところ誰かに見られたら……ご迷惑になるんじゃ……
それに……彼女との仲も余計にこじれちゃ……」


勝手に膨らませている妄想を言葉にしそうになって、私は慌てて口を閉じた。

だけど、もごもご言っていた最後の方は先輩には聞こえていなかったみたいだった。


「こっちこそ、あちこち連れ回されて迷惑やない?」

「いえっ!そんな……そんな迷惑だなんて、あるわけないです……」


全力で否定するのを先輩にくすっと笑われ、

恥ずかしくなって俯いて歩いていると、隣を歩く先輩が歩みを止めたのが分かった。

それにつられるように私も足を止め、見上げた彼の視線は、私の頭上の更に上を見ていた。

その視線を追ってみると・・・


「わぁ……」


私達はいつの間にか、青く光る大きなクリスマスツリーの前まで来ていた。


「……去年まではこんなもん気にも留めへんかったけど……
好きな子と見るんはやっぱり違うもんやな」


そう言った先輩の視線がツリーから私に向けられ、

どきんと心臓を跳ねさせながらいつものように照れ隠しを言う。


「…っ、また……そういう冗談本当にやめてください。本気で勘違い…しちゃいますよ…」

「勇気を出して言うたのに……さっきからつれないなぁ……」


そう言う彼の表情はいつものからかい混じりの目をしていて、

やっぱり勘違いだったとほっとしかけて、次の瞬間にはまたどきりとさせられる。


「わてがあんさんに冗談を言うたことなんて、一度もあらへんよ。
……ええよ。最初は勘違いでも。恋なんて、たいがい勘違いから始まるもんや」


そう言った彼の瞳はやっぱりいつもの私をからかうよう時のものとは違った。

・・・やっぱり気のせいじゃない・・・


「あんさんが入社してきた日からずうっと気になっとった。
素直で、媚びひん。少ぅしおっちょこちょいなとこもあるけど……
それもまた、男心を擽る。そやし、きっと素敵な彼がいてるんやろうと思うとった。
せやけど今日、○○はんが独りやと聞いて……
サンタがわてにチャンスの贈りもんをくれたんやと思うた。
今年もクリスマスを独りで過ごす寂しい男に情けをかけてくれはったんやと。
……なんて、ええ歳こいてそないなこと言うたら笑われてしまうな」


今まで見たことのない先輩の照れた表情にどきりとしながら、

私はふるふると首を横に振る。


「私も……」


蚊の鳴くような声を拾おうと、ん?と先輩の顔が近付けられ、

一気に頬に熱が集まるのを自覚する。


「……私も……先輩が声をかけてくれたのは……
サンタさんからの、クリスマスプレゼントだって……思い、ました……」

「それは……わてと同じ気持ちやと取ってええのやろか……?」


先輩からの告白が夢のようで、信じられなくて。

答えらずにいる私に彼は優しく微笑む。


「わての言うことが信じられへんなら今はそれでもええ。
せやけど、わてはあんさんの勘違いが確信に変わるまで、何遍でも言う。
……○○が好きや……」





―――

アラーム音に起こされ、目を開けると、隣には誰もいなかった。

鳴りつづける音を頼りに時計を探してきょろきょろあたりを見回すと、

枕元のスタンド脇に音の鳴るデジタル時計を見つける。

それと同時に、昨日のジュエリーショップの紙袋が目に映った。

アラームを止めながら気だるい体を起こし、

寝起きでぼやける視界に『○○へ』と書かれたメッセージカード。



間違いなく、私の名前が書かれている。

読んで・・・いいんだよね?

恐る恐るカードを手に取り開く。

そこには、習字の教科書のお手本のような綺麗な文字で、こう書かれていた。

『おはよう
朝一の会議の準備があるのでひと足先に出ます
昨夜の出来事は、クリスマスに独りで過ごす男への一夜の慰めだったならそれで構わない
けれど、もし同じ気持ちで過ごしてくれたのなら
今日そのネックレスを着けて来てほしい  

P.S
冷蔵庫に朝食を用意してあるから温めて食べて
8:15 正面玄関にタクシーを呼んであります   俊太郎』


箱を開けると、昨日自分が薦めたネックレスが入っていた。


勝手に作り上げた架空の彼女との妄想が、この我が身で再現されるなんて夢みたい・・・

・・・もしかして、夢なのかな・・・

現実味が湧かないまま、時計を見てくすっと笑みが零れる。

目覚ましは、私がシャワーを浴びて、朝ごはんを食べて、

着替えて化粧をするのに、ちゃんと十分な余裕を持ってセットされていた。

その気遣いが先輩らしくて。



――――

重たい体をを引きずるように、でも心の中は緊張しながら、

出勤したはいいものの、やっぱり体がだるい。


古高先輩は会議の準備中のようで、オフィス内にはいなかった。

それに少しだけほっとしながら、

自分のデスクチェアに深く腰掛けふーっとため息を吐き出す。


「おっはよ!」

「わっ!……あ、おはよう……」


突然背後から肩を叩かれて振り向くと、昨日に増してご機嫌そうな同僚ちゃん。

私の力ない笑顔を心配そうに窺う。


「……どうしたの、元気ない?」


古高先輩と・・・・なんて言ったら明日ここに座っていられるかどうか分からない。

だから私は精一杯誤魔化した。


「ちょっと、二日酔い……」

「もしかして……彼氏でも出来た?」

「!?……ち、違うよ……」

「うそだぁ〜だって今日は化粧の乗りがいつもよりいいもん。
絶対何かあったでしょう?」

「何もないってば……」


ズバリ言い当てられて慌てふためくも心の中は幸せいっぱいで、

自然と口元だけは笑みを浮かべているのが自分でも分かった。


・・・私、古高先輩の彼女に・・・・・

胸元に手を当ててそれを確認する。


「おはようさん」


会議の準備を終えたらしい先輩がオフィスに顔を出し、緊張がいよいよ最高潮になる。

だらしない格好だった姿勢を正して、意味もなく手帳を開く。

なんだか悪いことをしてるような気分になって、どきどきしてしまう。


「○○はん」

「はいっ!」


あまりの緊張感に、私は先輩に呼ばれた声に食い気味で勢いよく席を立ってしまい、

自分のおかしな行動に、気まずさと恥ずかしさでぼうっと頬が熱くなる。

それを隠すように、斜め向かい一つ隣の先輩のデスクまで急ぎ足で向かう。


「なんでしょうか……」

「悪いんやけど、これ追加でコピーしてくれる?」

「わかりました」


いつものように仕事を頼まれただけだったことにほっとしながら、

先輩から資料を受け取り、コピー機の前で作業を始めようと資料を一枚めくると、

二枚目の用紙についていた付箋に書かれていた文字にどっと汗が吹き出す。


『ネックレスよく似合ってる。ありがとう。
あんまりしんどいようやったら、早退しても構へんよ?
後はフォローしとくから』

・・・誰のせいで・・・

心の中で彼を責めながらちらりと先輩の方を見やると、

私の反応を待っていたかのように目が合った。

それにぴくんと肩を跳ねさせた私に先輩はぷっと吹き出し、仕事に取りかかる。

そんな彼にバカ…と小声で呟きながら、口元が緩んでしまうのは押さえられなかった。



おわり☆ミ




※そんな二人の「昨夜」が気になるお方は・・・。

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