●○短篇○●

□主人と執事の関係〜sweet dreams〜
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〜#2〜


有栖川家は世界に名を轟かせる大企業グループ。



金融、電気、鉄道、印刷出版等々…あらゆる業種を手掛けている。



私は、その総帥の娘。



正真正銘のお嬢様。



それから、20も年の離れた兄がいる。



跡取りがいるのだからもう子供をつくる必要もなかったところに、予定外にデキてしまったのが私。



現在、父母ともに70歳を越えている。



兄は15歳でアメリカの大学に飛び級して入るような秀才で、



勉強だけでなく、何でも一度教えればすぐに習得したという。



私が物心ついた頃には結婚し、父の言いつけで、事業拡大のため中国に渡った。



今も高齢になった父の代わりに海外を飛び回っているため、彼と会うのは数年に一度。



会ってもひと言ふた言交すくらい。



だから、あまり兄との思い出は少なかった。




父と母は私を孫のように手放しに溺愛した。



私が25歳を迎える今でもそう。



まるでまだ何もできない赤ちゃんみたいな扱いで、



手のかからなかった兄の分、持て余した愛情が私に回ってきた感じ。



だけど私も幼心に両親のその手放しの愛情を無下にはできなくて。



良く言えば、二人が喜ぶように、悲しい顔をさせないように、



悪く言えば、いつも二人の顔色を気にしながら育ってきた。



両親に本音を言ったことはない。



我儘を言って困らせるような事も一度もしなかった。



ずっと、二人の理想とする娘を演じてきた。



でも本当は…



勉強第一で規律の厳しいお嬢様学校なんかじゃなくて、



お受験なんてない普通の学校に行ってみたかた。



でも、言えなかった。



父が海外へ出張に行った時、お土産に買ってくる不気味なフランス人形より、



ふわふわの抱き心地のいテディベアのほうが好きだった。



でも、言えなかった。



誕生日、クリスマス、イベント毎に両親がやたらしかける派手なサプライズもキライだった。



でも、言えなかった。



良くも悪くも聞き分けのいい子だったと思う。



本当の私を、父と母は知らない。



知ろうとしなかった。



だからって二人のことをキライなわけじゃない。



それもこれも私を愛するが故の少し行き過ぎた愛情だとわかってる。



だけど最近では、そんな子離れできない父と母が時々うっとおしい。



お金なんてなくても良い。



もっと普通の家がよかった。



決して口には出さないけど、いつも心の中でそう思っていた。



思ったところでこの現実を変えられるわけもなくて。



これからもずっとこんな窮屈な生活が続いていくんだ。



そんなふうに諦めかけていた時だった。




それは10歳の誕生日のこと。



有栖川家では、10歳になると専属執事がつくことになっている。



そして一度執事となった者は、辞めるに正当な理由があるか、主人から解雇を告げられるか、



女主人の場合は結婚し家を離れるまで、仕えることになる。



そしてこの日、私の専属執事としてやってきたのが、古高だった。



彼は初めから完璧だった。



私の好きな色、好きな花、食べ物の好みは勿論のこと。



猫舌なことも、寝つきが悪いことも。



初日から全て頭に入っていて、全て的確に対応した。



正に執事になるために生まれてきたようなひとだった。



そして、古高には本音も我儘も言えた。



自分でも不思議なんだけど。



私は小さい頃から、人の表情の微妙な変化をとても敏感に感じ取る子だった。



それも両親や周りの顔色をずっと気にして生きてきたからだろう。



だから。



・・・・私と同じ・・・・



人に言えない苦しみを心の中に隠してる。



彼が時折見せる憂いを孕むような、何かを押し殺すような、



笑ってるのに悲しそうな微笑が、そう思わせた。



今でも古高はその苦しみを私に話してはくれないけれど。






―――



古高は衣装部屋から何着かドレスを持ち出してくると、



ランジェリー姿のまま棒立ちの私に一着ずつあてがっていく。



外出する際は、衣装選びからメイクまですべて彼に任せている。



私はいつもきせかえ人形のよう。



自分を着飾ることにあまり興味がなかったし、



色の相性とか組み合わせとか、いちいち考えるのも面倒くさい。



古高は私の好みも理解しているし、センスも良い。



多分、私より私に似合うものを知っている。



古高のコーディネートなら、どこで誰に会っても恥ずかしくなかった。






「…今日はこれに致しましょう」




彼の選んだ一着を受け取り、私はその場でランジェリーを脱ぎ捨て着替えを始める。



その間彼はあからさまに目を逸らすわけでもなく、



次のメイクの準備をしながらこちらを見ないように気を遣うけれど、



私自身はアンダーウェアくらい見られても何ともなかった。





着替えているうちにメイクの準備が整えられたドレッサーに座ると、私は条件反射で目を瞑る。



リップを塗り終えたらメイク完了の合図。



目を開けると鏡に写った自分と目が合う。



彼はナチュラルメイクがとても上手だ。




「はあ…」



「またそのような大きなため息を吐いて」



「だってぇ…」




くるくるにカールしたロングヘアーを片手で束ね、うなじを晒しながら憂鬱に嘆く私の背後で、



古高は苦笑しながらネックレスをつけ終えると、続けて髪に櫛を入れながら、鏡越しの会話は続く。




「無駄に着飾って、自慢話をして、見栄を張り合うだけのパーティーなんて、退屈で仕方ないんだもの」




結婚が女の最高の幸せだと思っている父と母は、



結婚適齢期になった私を早く嫁に出してやりたいらしい。



近頃、やたらと社交場に出るように勧めてくる。



もちろん世間体から相手はそれ相応の家柄でなくてはいけない。




「私が言うのもおかしい話だけど…金持ちの家の息子なんてロクなもんじゃないわ」




ぶつぶつ文句を言いながら、目の前にずらり並べられた宝石の散りばめられた髪飾りの中から、



適当に選んだものを髪に挿した。




「ふっ…」



「なに笑ってるのよ…」



「いいえ……。そうとは限りませんよ。話してみれば意外に気が合うこともございます」



「そうかしら?」



「本日はお嬢様のお好みの殿方もいらっしゃるのでは」



「あら、私の好みのタイプを知っているの?」



「……わたくしを誰だとお思いで?」




唐突に投げ掛けられた質疑に、私は鳩が豆鉄砲を食らったように何度か目をぱちくりさせる。




「誰って…なによ…」



「……○○お嬢様の専属執事でございます。

お嬢様のことに関して、わたくしに分からぬことはございません」




そう言い切った鏡の中の古高のどこか誇らしげな表情が可笑しくって、思わず笑いが込み上げてくる。




「ふふふ、そうね。私以上に、貴方のほうが私のことを知っているかもしれないわね」



「ええ、自負しております。……それから、ひとつ。申し上げておきたいことが…」



「なに?」




後ろから伸びてきた手が、目の前に広がる髪飾りの中からひとつを取り上げた。




「今日のお召し物にはこちらのほうがお似合いかと」




そう言うと、古高は私が選んだ髪飾りを外し、自ら選んだものを挿し直す。



合わせ鏡で私にそれを見せる古高にちょっとだけむっとしながら、



鏡の中で角度を調節し、彼の選んだものを確認すると納得せざるを得ない。




「……」




私が言い返さないことに、古高は鏡の中からこちらに満足げな笑みを向けた。




「では、わたくしは車を回して参りますので。
お嬢様はゆっくり、正面玄関のロータリーまでお越しください」
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