●○短篇○●

□夜桜舞う朧月夜
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◆其の弐◆


月に一度、お稽古場の掃除が当番制で回ってくる。



みんなが帰った後、水を張った桶に少量のお酢を垂らし、固く絞った雑巾で畳を拭いて、仕上げに乾拭きをしていく。



そんな単純作業中に考えることは、未だ決めかねている俊太郎さまの誕生日プレゼントのこと。



ひとりで首を傾げたり唸ったりしながら、桶と畳を行ったり来たりしているうちにどこまで拭いたか分からなくなったりして、同じ畳を何度か拭いた気はするけど…。



ようやく全ての畳を拭き終え一息吐いたところに聞こえてきたのは、どこかで鳴る三味線の音色。



耳を澄ませその音源を探してみると、どうやら隣のお稽古場からのようで、それが好きな節でもあったせいか、何となく気になって覗いてみた。



するとそこには、いつも教えてもらっている舞踊の先生と、きれいな女のひと。



三味線の音に合わせて舞うその女のひとから、どうしてか目が離せなくなってしまった。



彼女がきれいだからだけじゃない。



その舞の所作の一つ一つが、女の私から見ても見惚れてしまうような魅力的ものだったから。



と、その時…



―ほんに、○○はんの舞は束の間、憂き世を忘れさしてくれる…―



突然脳裏に降って湧いた俊太郎さまの言葉とともに、私は息を呑んだ。



そうだ…。



新しい舞を覚えて披露するのはどうだろう。



―島原へ来る時、○○はんの舞を見るのも楽しみの一つなんや―



きっと私にしか出来ないプレゼント。



そう思ったら勝手に口が動いていた。




「あのっ!……その踊り、私にも教えてくれませんか!」





――――


いきなり私が大きな声を出したことで、二人を驚かせてしまったけれど、



先生は、置屋のご主人の許可を得れば教えてくれると言ってくれて、



きれいな女の人も、一人より二人のほうが楽しいしと笑顔で誘ってくれた。





というわけで、私は許可を貰いに"置屋のご主人"の部屋を訪れたのだけれど…



秋斉さんには渋い顔をされてしまった。



どういうわけか、秋斉さんは俊太郎さまのことをよく思っていない節がある。



たまにお座敷に挨拶に来る時も、笑顔なんだけど目の奥が笑ってないというか…。



だから、俊太郎さまのことを言うと反対されそうな気がして、お誕生日のことは伏せて話を切り出したのに…。




「なんで急に?舞いを習いたいなんて」

「えっと…それはぁ…」

「舞いならいつも稽古しとるやろう。ようやってはると思いますえ」

「その…いつもの、じゃなくって…ちょっと、特別にというか…なんというか…」

「なんや歯切れが悪いなぁ…はっきり言いよし。何を隠しとる…」

「いえっ!そんな、何も隠しては…」

「わてを騙すつもりか?……ええ度胸や…」

「っごめんなさい!言います、言いますから!」



一瞬、殺気のようなものを感じて、私はあっさり口を割った。




「――ふぅん。商売の仕方を少しわかってきたようやね」

「は…?」

「ええやろ。許可しまひょ。
あん人は藍屋にとってもええ上客や。男は健気な女子に弱いもんや。喜ばせて、しっかり捕まえとき」




但し、そのために特別時間を割く事はしない。



自分の空き時間を上手く使ってやりなさい。



雑用、お使い、いつもの舞いや三味線のお稽古に支障が出るようならすぐにやめること。



それが条件だった。



いつも一、二時間の自由に使える時間はある。



その時間をお稽古に当てれば、十分練習できるはずだ。





ようやく決まった彼への誕生日プレゼント。



そろそろ梅の花が満開になる。



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