●○長篇○●
□巡り愛〜誰がために
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【第三幕〜奪る〜】
<其の一>
「自ら火を放つとは、なんと馬鹿なことをしたものじゃ……
翔太、夜が明ける前に京を出るぜよ」
長州兵が藩邸に火を放ったと言う知らせを聞いた龍馬達は、
今後より一層京の警備が強化されることを案じて、京を離れた方がよいと判断した。
「翔太、支度が出来たらすぐに出るぜよ」
慌しく荷物をまとめる龍馬の傍らで、翔太は座ったまま動かない。
「……翔太?どうしたがじゃ?具合でも悪いんか?」
「……龍馬さん……俺……。先に行っててください、後から追いつきますから」
そう言って立ち上がった翔太の腕を掴み、龍馬は引き止める。
「いかんのう、その顔つきは。何やら危険なことを考えちゅう顔をしちょる。
理由を聞かんことには許しは出せん。翔太、一緒に行けん理由を聞かせとうせ」
数秒の沈黙の後、翔太は独り言のように呟いた。
「……助けられるかもしれない」
「助ける……?」
「助けられるとしたら、町中が混乱している今しかない」
「まさか、おまん……古高を助けに行くつもりか!?」
「小さい頃からずっと当たり前みたいに傍にいて、
俺にとって○○は、家族みたいなもんなんだ。○○はどう思ってるか知らないけど……。
あいつが辛い顔してると俺まで苦しくて……○○にはいつでも笑ってて欲しいから。
○○にあんな顔は似合わないんだよ。○○が悲しむ姿、もう見てられない……だから!」
「わかった、おまんの気持ちはようわかった!翔太、わしも行くぜよ!」
「え…」
「翔太も○○もわしの可愛い弟妹じゃ!家族じゃ!やきに、協力するぜよ!
わしも○○には笑顔が一番似合うと思うき!○○を笑顔にするためじゃ!」
「龍馬さん……ありがとうございます!」
――龍馬と翔太は六角獄舎へと向かった。
途中、遊女らしき人の列を見つけ、翔太達は目立たぬように出来るだけ顔を隠してすれ違った。
もしも○○が逃げる人波に逆らうように進む二人に姿に気付けば、必ず声を掛けてくるだろう。
理由を問われれば、翔太も嘘を吐き通す自信がなかった。
今この町中で、妖しい奴と思われれば問答無用斬り捨てられるかもしれない。
そんな危険な場所に○○を連れて行くわけにはいかない。
○○が事の成り行きを知らぬのならば、このまま安全な場所に置いてやりたかった。
二人は出来るだけ目立たぬように人混みに紛れて道を進んだ。
「……お前達、こんなところで何をしている?」
すれ違った人影に、二人はびくりとして足を止める。
「高杉さん!?」
「混乱しているうちに町を出たほうがいいぞ」
「その前にやらにゃいかんことがある」
二人の進む方角と、緊迫した表情から、高杉は勘付く。
「……まさか、あいつを獄舎から奪還するつもりか?」
龍馬と翔太は無言でこくりと頷いた。
翔太を視線で捉え、高杉が問う。
「○○のためか?」
「はい!」
翔太は力強く答えた。
お前は?と言うように、龍馬にも高杉の視線が向けられる。
「○○の笑顔のために、それを守ろうとする翔太のためにじゃ」
「おそらく門番がきっちり張り付いているぞ。そう簡単には破れん」
「それでも、出来ることはしてみたいんです!」
翔太の強い眼差しに、高杉は小さく息を吐いた。
そんなふうに敵に立ち向かい、呆気なく命を落としていった仲間達を想って。
「……わかった。俺が斬り込む。手薄になった隙をつけ」
短く言葉を吐き、くるりと踵を返すと、高杉は獄舎の方へ歩き出す。
僅かに距離を取りながら、龍馬と翔太も後に続いた。
そしてもうひとつ。
獄舎に向かう人影があった。