●○連続篇○●
□保健室の俊太郎
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<ep〜男疾-シット->
一時限目が始まる前の短い休み時間。
いつもに増して廊下が騒がしいのが気になって、その声の出所を探して教室から出てみると。
渡り廊下の窓際に男子生徒が群がっているのを見つけた。
「ハーレーだ!かっけぇーな……」
「先生のバイクかな?」
「先生があんな派手なバイク乗らねぇだろ」
その群れの中から、
ぴょこんと頭ひとつ飛び出している幼馴染の姿を見つけて、声をかけてみた。
「翔太くん、何見てるの?」
「……ああ、○○。駐車場にすごいバイクが止まっているんだ。ほら、あれ」
場所を空けてくれた翔太くんの隣から顔だけ割り込んで、窓の外を覗いてみると。
駐車場に、一際目を引くワインレッド色の大型バイクが存在感抜群に止まっていた。
メタリックカラーが陽射しにキラキラ輝いて眩しい。
ハンドルも牛の角のような曲線を描いていて、後方には尾翼なようなものもついている。
勢いをつけたら飛べそうだ。
車体もあちこち改造されている様子で、とにかくよく目立つ。
「……うわ…確かにすごいね」
「1500ccくらいはあるよ、あれ」
「1500しーしー?」
「うーんと、普通の人は簡単には乗りこなせないバイクの大きさだよ」
「へぇ…卒業生でも遊びに来てるのかな?」
「そうかもな。先生が乗るようなバイクじゃないよな」
翔太くんのその言葉に私も頷いた。
教師があんな派手なバイクで出勤するなんて、
"普通"はあり得ない。
けれど、そのバイクの持ち主が"普通"じゃなかった・・・・・。
―――
午後の温かな日差しを受け、だるさと眠気と闘いながら五時限目の授業を終えた。
六時限目は体育。
皆が着替えを始める中、私は体操着を抱きかかえるようにして、机に突っ伏していた。
・・・・うぅ、頭痛い・・・・
「大丈夫?」
里花ちゃんがぽんと肩を叩いて私を覗き込む。
「……うん…ちょっと、頭痛くて。寒気もするんだよね」
里花「ほんなら、保健室行って来ぃな。次の授業体育やし、無理せんほうがええよ」
「うん…そうしようかな……」
授業を抜けて、先生に逢える嬉しさも心の隅で感じながら。
何より本当に身体が辛かった。
体育の授業は欠席して、担任の坂本先生に許可をもらい、
私は保健室へと向かった。
――――
「……失礼しまーす」
「いらっしゃい」
優しくて甘くて・・・でも、どこか色気のある、古高先生の魅惑的な微笑み。
その笑顔を見るだけで、いつも半分元気になった気がしてしまう。
だけど、もう半分は先生の力ではどうにもならなくて。
体の重さにため息を吐きながら、入室許可書を先生に渡す。
「もうそんな季節か……」
季節の変わり目、体調を崩して熱を出すのがお決まりのようになっている私に、
先生は何故か楽しげだった。
「人の体調で季節感じないでください……本当に辛いんだから」
「すんまへん。はい、熱計って」
三つあるベッドは真ん中を空けて、両隣りのカーテンは閉まっていた。
私は先生に渡された体温計を脇に挟みながら、空いている真ん中のベッドに入り、
ピピッとなった体温計を一目確認してから、先生に手渡す。
「……うーん、微熱いうところやな。頭痛、吐き気、寒気」
先生がいつも聞いてくれること。
「頭痛と寒気」
それに私もいつものように答える。
次の先生の答えは。
”ほんなら、先生が温めたろな”
そう悪戯っぽく言う答えを期待していたのに。
返ってきたのは違う言葉だった。
「ほんなら、毛布一枚多めに掛けとこな」
「ぇ……」
「今、保健室の薬品やら、備品を卸してくれてはる業者さんがきてはっててな。
職員室に行って、いろいろ確認してこなあかんのや」
「そう、なんですか……」
あからさまに落胆する私に、毛布を掛けながら先生はくすっと笑って。
耳元に唇を寄せると、潜めた声で囁く。
「戻ってきたら、温めたるさかい……」
不意打ちに、耳元で囁かれる期待していた答えに、ぽっと頬を赤らめた私を見下ろして。
「それまで、ここでええ子にしとってな」
優しい笑みを向けながら、先生は私の頬をくすぐるように撫でる。
・・・もう、子供じゃないんだから・・・・
そんな事を思いながらも、嫌な気なんて全然しなくて。
私も甘える子供のような返事を返した。
――先生が職員室へ行ってしまうと、私は鼻まで毛布を被って目を閉じる。
先生が掛けてくれた毛布は、先生に抱きしめられているみたいに温かくて・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・いつの間にか、眠りに落ちていた事に気付いた時には、
毛布とはまた違う、心地よい柔らかさが私を包んでいた。
気持ちよさに瞼を開けられないまま、同じ毛布の中にある身体にきゅっと抱きつく。
・・・もう、先生ったら・・・・
・・・・こんなところ、また誰かに見られたら大変なことになるのに・・・・
そでれも、先生とこうしていられることが嬉しくて。
私は甘えるように先生の逞しい胸元に頬を寄せて・・・・。
違和感を感じた。
・・・あれ?先生、少し痩せた?・・・・
いつも私を抱きしめてくれる先生の胸板より、ほんの少し華奢に感じる。
そして、鼻孔に届く嗅ぎなれない香り。
・・・・・・・・・。
「……!!!いやあっ!だっ、誰!?」
私は、転げ落ちるように慌ててベッドから飛び出た。
すると、戻って来たばかりらしい古高先生が、備品を棚に整理しながら、
ベッドのカーテンを勢いよく開いて、飛び出て来た私を驚いた様子で見つめる。
「……ど、どないしはったん?」
「ふ…不審者っ!!」
私は先生の元に駆け寄って、その逞しい腕にぴたりと両腕で抱きついた。
さっきまで使用中だった両隣りのベッドは、きちんとカーテンがまとめられていて。
今使われているのは、私が寝ていた真ん中のベッドだけだった。
二人で真ん中のベッドを睨んでいると、私の隣に寝ていた不審者?がむくりと体を起こす。
「……ほう、そういう仲か」
古高先生とはまた違う色気を持つ、力強い瞳がこちらに向けられる。
その不審者の顔を見た古高先生は、手で額を覆って、大きなため息をついた。
「はあ……あんさんは。何をしてはるんや」
「何って。食後の昼寝に決まっているだろう?」
「そういうことやのうて……それも問題やけど。
なんでこの子が寝てはったベッドの上に、あんさんが居るんや」
古高先生のその問いに不審者は、
まだ寝ぼけ眼のまま銀色の短髪をくしゃくしゃと掻きむしりながら、
悪びれもせず、平然と答えた。
「俺が来た時は、ベッドが3つとも埋まっていた。
両隣りはいかにも軟弱そうな男子だったからな……まあ……必然的にそうなるな」
「なりませんっ!!」
先生の腕にしっかりと抱きついたまま、噛みつく私に不審者はにやり笑いを向けて、
「体の割には、なかなかの豊満でよかったぞ」
「っ…な……なんなんですか!?この人!不法侵入ですよね!先生、早く警察に!」
「ほんま、警察に突き出されてもええくらいやけど……。一応、こん人はこれでも教師や」
「……は?」
信じられなくて、ぽかんとしたまま見つめ返した私に、
不審者はうんうんとわざとらしく大きく頷いた。
「そうか。まだ生徒たちは知らなかったな。
今日から赴任してきた高杉だ。担当教科は音楽」
「音楽の、先生……?」
「あんさんは相変わらずやなあ」
「……古高先生…この人……高杉先生?とお知り合いなんですか?」
「大学の後輩や。同じ教育学部やった」
「え…教育学部?先生、教員免許持ってるんですか!?」
「まあ、一応は」
「担当教科は?」
「…………保健体育」
ヘンな間を置いて・・・
何故か色気をたっぷりと含ませて発せられたその教科名を先生の口から聞くと、
とてもイケナイ言葉に聞こえてしまって、私は瞬時に顔を赤くして固まる。
そんな私を先生は吐息で笑って。
「うそうそ。もちろん、保健体育も教えられるけどな。本職は数学や」
「ええ!?私、数学大の苦手教科なんです!今度教えてください!」
「ええよ」
「なんだぁ。それならそうと早く言ってくださいよぉ」
「別にわざわざ取り立て言うことでもないやろ?」
「おい。そっちだけで盛り上がるな」
古高先生の意外な過去に驚きすぎて、高杉先生の存在をすっかり忘れてしまっていた。
「密な仲のようだな。教師と生徒が……いいのか?」
「なんや脅してはるんでっか?……ええんどすえ。
今朝、藍川教頭のフェラーリのバンパー擦ったのはあんさんやと、報告させてもろても」
「!!わかったわかった。そう怖い顔をするな。
先輩後輩の仲じゃないか。仲良くやろう、センパイ」
わざとらしく媚を売る高杉先生に古高先生は冷たい視線を送って。
「用が無いのなら、出て行っておくれやす」
そう言った古高先生に危険を感じ取ったらしい高杉先生は、しぶしぶ保健室を出て行った。
「……ふっ」
二人きりになった途端、古高先生が吹き出す。
「どうしたんですか?」
「まさか、ほんまに高杉はんが犯人やったとは思わへんかったわ」
「え?じゃあ、高杉先生が藍川先生の車傷付けたって……?」
「当てずっぽうや」
「えぇ!?」
「今朝、藍川教頭が自慢の愛車を傷つけられた言うて騒いでたんや。
生徒一人一人捜査したろかて、かんかんに怒ってはった。
高杉はんの運転は昔から荒いし、そんな事をして黙ってはるんは、
あん人しかおらへんと思うたんやけど……まさかほんまに高杉はんやったとは」
先生はくすくすと笑って。
内緒やで、と悪戯っぽく私に言った。
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