●○連続篇○●

□保健室の俊太郎
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<ep〜強欲>



「ゴホッ、ゴホッ……ズズッ」



新学期初日。



私は鼻水をすすりながら、微熱でほんのり赤く染まった頬をマスクで覆っていた。



冬休み中の不摂生のせいか、明日から新学期だというのに風邪を引いてしまったのだ。



朝計った熱は7度1分という微妙な数字。



体はだるいし、寒気もする。



本当は休みたいところだけど、



数週間ぶりに古高先生と逢える今日を待ちわびていた私は、意地で登校した。





――全校集会はなんとか我慢したけれど、



そこで全体力を使いきってしまった私は、その後のホームルームは我慢出来ず、



担任の坂本先生に許可をもらい、保健室へと向かった。



いつも授業を休んで保健室に行く時は、本当に体が辛いからなのだけれど、



半分は古高先生に逢える胸の高鳴りがあるという、いい意味で複雑な気持ちだった。



どうしても緩んでしまう口元は今日はマスクが隠してくれるから、



存分に緩ませたにやけ顔のまま、私は保健室の扉を開いた。



「……失礼しまぁす」



幸い他には誰もいないようで、先生を独り占め出来る事に私の胸は更に高鳴る。



いつもそう。



どんなに身体が辛くても、古高先生に逢えただけで半分治った気がしてしまう。



私が来る事を先に坂本先生から内線で聞いていた古高先生は、



ベッドを整えて待っていてくれたらしく、



半分締められたカーテンからひょっこりと顔を出し、



いつもの優しい微笑みをくれる。



「…はい、どうぞ」



その笑顔に吸い寄せられるようにふらふらと歩み寄り、



差し出された体温計を受け取って、ベッドに腰かける。



「……お仕置きやなぁ」


「え…」



唐突に言われた意味深な言葉に、ドキッと心臓が跳ねた。



「わての言うたこと、守らへんかったやろ」



何だったろうと、ぐるぐる思考を巡らせていると、



私のおぼろげな記憶を引き出すように先生が口を開く。



「朝ゆっくりしてられるからて夜更かしはあかん。12時前には寝ること」


「あ…」


・・・そういえば、



冬休みに入る前の日、



保健の古高先生から健康面に関する冬休み中の注意ってことで、



全校集会でそんなことを話してたっけ。




改めて指摘され、冬休み中の自分の行動を振り返ってみる。



・・・確かに、布団の中でついつい友達とメールをしたりネットに夢中になって、



眠りに就くのは1時を過ぎてしまう事もあった。



「体が冷えると免疫も下がって風邪を引きやすくなるさかい、
水を飲む時も白湯にするとか、食事も温かいもんを食べる事を心掛けて、
体を冷やさんように注意すること」



・・・暖房の効いたあったかい部屋


ぬくぬくのこたつの中で食べるアイスの美味しさを知ってしまって、



三日に一回は食べてた気がする、雪見大福。



何一つ先生の言いつけを守っていなかった私。



・・・でも



・・・お仕置きって・・・



勝手に恥ずかしい想像をしそうになったところで、



胸元でピピッと鳴った音に、私はぴくんと肩を跳ねさせる。



体温計は38を表示していた。



叱られた子犬のように上目遣いで見上げながら体温計を手渡すと、



先生は小さくため息を吐きながら受け取った。



「どうせ、布団の中で友達とメールに夢中になって夜更かしして、
こたつん中でアイスでもよう食べてはったんやろ?」


「な……なんで…知ってるんですか……」


「あんさんのことや。何でも知っとるよ」



切れ長の瞳を細め色っぽく微笑まれ、



私の頬は風邪の熱とはまた違う熱を集める。



「……だって」



照れ隠しに口を尖らせながら、ベッドに横たわる私を先生はくすっと笑って、



毛布をかけながら、苦しいやろうとマスクを外してくれる。



「せやけど……風邪を引いてくれたお陰で、
授業中にこうしてあんさんを独り占めできる。
その役得を嬉しく思うてしまうなんて…保健室の先生失格やな」



そう言って、嬉しそうな笑みを浮かべながら、



熱を帯びて赤らんだ私の頬を指先で撫でて、先生は首を傾げた。



「……少ぅし…ふっくらしはった?」



「!!!」



先生は私の頬をぷにぷにしながら、端整な笑みを湛えている。



その悪気のない表情が憎たらしくて、私は頬を膨らませた。



確かに・・・冬休み中に2キロほど体重は増えた。



だけど・・・・・



「…別に…わざわざ言わなくたって……ヒドイ…」



口をへの字に曲げ、毛布を頭まで被る。



「何も意地悪言うた訳やあらへんよ。
今の子はちぃと痩せ過ぎや。健康にも良うない。
適度に肉がついてる健康的な子の方がわては好きやけど?」



その言葉に、私は毛布からふくれっ面のまま顔を出す。



それを見て、先生は吹き出すように笑いながら、



静電気で無造作に顔面に貼りついた髪の毛を払ってくれる。




「ついとるとこには、ついとった方が……わて好みや」



言いながら先生の手が胸元に降てきて、私は反射的に体を強張らせた。



けれど、先生はそのままいつものようにベッドの端に腰かけただけで。



「…はぁ」



その手は毛布にもぐって裏返しになった、



制服のタイを直してくれただけだったことに気付いて、



私は小さく安堵の息を洩らした。



「…今…何を期待しとったん?」


「べっ…別に…何も期待なんかしてませんっ!」



意地悪な笑みを浮かべる先生に、私は再び頬に熱を集めながら、ぷいっと背を向けた。



くすくす楽しげに笑う声を、不機嫌に眉を寄せ聞いていると、



自分の体温で温かくなった毛布の中にふわりと外気が入り込んで来て、



私はぶるりと身震いする。



けれど、またすぐに身体は温もりに包まれる。



「……うん……あと2キロくらいは肥えてもええな。その方が納まりがええ」


「ん〜〜〜〜」



いじけて身を捩って腕の中から逃れようとする私を簡単に封じ込めて、



よりきつく、私をその逞しい腕の中に閉じ込める。




「うそうそ、冗談や。添い寝したげるさかい……機嫌直して?」



ぐずる子供をあやすような口調で言われ、


それだけで私は身も心も簡単にふにゃふにゃになってしまう。



「ほんに、あんさんには困るなぁ……」



困ってるのはこっちだし、と心の中で文句を呟く。



「8度もあったらすぐに家に帰すんが普通やけど……
そないにかいらしく拗ねるもんやから、帰してやれへん」



抱き締める腕に力が込められ、



程良い力加減の心地良い拘束感と、耳元で囁かれる甘く響く低音に、



胸がきゅん、と切ない鳴き声を上げる。



散々からかわれて、頬を膨らませながらも、



私だって、帰る気なんかなかった。



「……こっち向いて」



その声に魔法にかかったように、私はくるりと体の向きを変え、先生と向かい合う。



目が合うと、ふっと柔らかく微笑む先生。



いつ見ても、その笑顔には思わず見惚れてしまう。



「…っ!!」



ふいに唇に感じた柔らかな感触に、咄嗟に私は先生の胸を押し返してしまった。



「うつっちゃ…んっ…」



すかさず先生は私の後頭部に手を当てて、さっきよりも少しだけ深いキスを与える。



少しだけ乱暴に、有無を言わせないような男の人の力。



驚きから私はそのまま固まってしまう。



数秒の後――



唇が離れていくと・・・



目を閉じるのも忘れていた私と、間近で先生の色っぽい瞳が微笑む。



「……わては強欲やさかい、あんさんのもんやったら何でも欲しい。
初めてのキスもわてが貰うた。これから先、当然わてがあんさんの全部をもらうつもりや。
そやさかい、風邪かてあんさんのもんやったら貰うとかんと気が済まへん……」



情熱的な愛の告白をされているようで、私の体は熱を上げる。


・・・きっと今、40度くらいになってる・・・・


そんなことを思いながら、


私は湯気が出そうなほど熱くなった身体を、先生の胸に埋めたのだった。




おわり?☆ミ
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