●○連続篇○●

□保健室の俊太郎
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<ep〜含羞>

*―1―*


カバンの中にこっそり忍ばせた、

可愛くラッピングされた小さな箱をちらりと横目で確認して、

私はにんまり笑顔で保健室のドアをノックした。


けれど、そこに見えた先生の姿に、

心臓が痛いくらいに、どきん、と大きく跳ね上がる。

私はにやけ顔に苦味を交ぜたような顔で、その場で固まった。


「……先生……」


視線の先の古高先生は、口元を隙間なく覆われたまま、

驚いている私を、視線で捉え、目許だけで微笑した。

どくどくと心拍数が上がっていって、

後悔の念と、怒りにも似た感情が湧き上がってくる。



―――


「だから言ったじゃないですか!うつっちゃうから……駄目、だって……」

「わてとしては願ったり叶ったりなんやけど?」

「声、掠れるほど酷かったんじゃないですか!」

「あんさんが体の中にいてはるようで幸せやったよ?」

「……何言ってるんですか……」


案の定、あの日の出来事で、先生に私の風邪がうつってしまったらしい。

大きなマスクで鼻まできっちり覆って、顔のパーツで見えているのは目元だけ。

それが余計に先生の綺麗な瞳を強調して良くない。

おまけに、少し熱もあるのか、僅かに潤んで無駄に色気を孕む切れ長の瞳で、

いつもは涼しげでキリッとした目元が、今日は少し眠そうで、とろんとしている。

普段とは違う表情が、何故かいけないものを見ているような気分になって、

動悸が止まらない。


私はいつも以上にまともに先生の顔も見れないまま

その緊張を誤魔化すように、叱るような口調で話した。


「……大丈夫なんですか……休まなくて」

「お陰さまで。症状が出始めたのがちょうど金曜日やったから、
土日はきっちり休めたし、もう治りかけやさかい、
今はそんなに辛くはあらへんよ。ちぃと怠さはあるけどな」


その鼻にかかった掠れ声も良くない。

耳の鼓膜がむず痒くて、変な感じになっちゃう。


「他の先生と違うて、保健室を看るのは代わりがおらへんからね。
そう簡単には休まれへん。
何よりあんさんに逢われへんのが辛い。せやからどんなに辛くても這ってでも来るよ」


おどけたように言う、その鼻にかかった掠れ声に

不謹慎だと思いながらも、ちょっとその声も好きだなとも思う。

もっと聞いていたいような・・・

でもこれ以上聞いたら何かが変になっちゃいそうで・・・

そんな複雑な気持ちで、私は唇を引き噤んで、眉をハの字に下げてい俯いた。

それを無駄に色っぽい瞳が不思議そうに覗き込んできたから、

びくっとして、あたふたしながらあたふたしながらまた誤魔化す言葉を探していると、

私は一番大事なことを思い出した。


「…!そ、そうだ!……先生、これ……」


慌ててカバンの中から取り出した、ラッピングされた小さな箱。

古高先生にあげるバレンタインのチョコレート。


一橋学園はどういうわけか先生方が美男美女だらけ。

過去に、バレンタインに先生にチョコを渡す女子生徒が多すぎて、

大変なことになったことがあるらしく、それ以来、

『バレンタインデーにチョコレートの持ち込み禁止』という校則が出来たのだ。

14日は厳しい持ち物検査もある。

だから、当日を避けるように14日周辺にチョコを持ち込む子もいた。

そのため、バレンタインの前後数日間は、抜き打ちの持ち物検査がある。

お陰で私もずっと先生にチョコレートを渡せずにいた。

もう2月も終わりに近付き、そろそろ先生たちの警戒も解けた頃。

そこを見計らって、私はこっそり古高先生に渡すチョコレートを持ってきていたのだ。


差し出された可愛い箱を見た先生が、悪戯っぽい視線をこちらに寄越す。


「あ、校則違反。……あかん子や」

「!…い、いらないんなら、いいですっ」

「うそうそ。おおきに、ありがとう。
今年初めてのバレンタインチョコや。ありがたく頂きます」

「……うそばっかり……」


絶対、女の先生達から山ほど貰ってるくせに。


「……バレてしもた?」


ほら、やっぱり。


「ほんまは一橋学園長からは貰いました」



「…え」


予想外の答えに驚いて、一橋先生にそんな趣味があったのか、とちょっと引いてしう私に、

先生は可笑しそうに笑った。


「はは、そういうことと違うよ。
何か知らんけど、あん人は毎年職員全員に配るんや。
あの校則は教員にも当てはまるんや。バレンタインは先生方もチョコの持ち込みは禁止やさかい。
そんで、校則をつくったのはやむを得ないこととは言え、
バレンタインにチョコをもらわれへんのは男として寂しいやろうて、
自分にも責任があるとかなんとか言わはって……言うてる意味がさっぱり分からへんけどな」



一橋先生に変な趣味がなくてよかったと、ちょっとほっとしながら、

いつも通り楽しく話をしてくれる古高先生だけど、

頬杖をついて、眠そうな瞳と、弱々しい掠れ声に、

やっぱり体は辛いんだろうなと思う。


そこで私はあることを思い付く。


「先生、何か私にお手伝いできることありませんか?」


先生の負担が少しでも軽くなって、早く帰って休めるように。

そう思って、私はお手伝いを申し出た。

私の突然の言葉に、先生は眉をぴくっと上げて少し驚いている様子だったけど、

うーん、と少し考える素振りを見せてから、


「……ほんなら、あれ、数えてクラスごとに分けてくれはると助かるな」


先生が指差す先にあったのは紙の山。

頼まれたのは、月に一度発行される『ほけんだより』を

全学年分クラスごとの人数に振り分けるものだった。


それなら私にもできると、張り切ってその仕事を引き受けた。


「それじゃあ、先生は休んでてください」


先生から全クラズの名簿を受け取ると、

いつも私が使うベッドに先生の背中を押して誘導する。

そんな私をなんだか嬉しそうにくすくす笑う先生に、毛布をかけてあげて、

私は早速頼まれて仕事に取りかかった。


2へつづく>>
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