●○連続篇○●

□保健室の俊太郎
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<ep〜夏祭り>



締まった帯で伸びる背筋。



いつもより高い位置にまとめた髪。



足の指で鼻緒を挟んで歩く感じ。



手には巾着袋をぶら下げて。



着慣れない装いが、今日は特別な日なんだと気持ちを高ぶらせる。



クレープ、イカ焼き、フランクフルト、かき氷・・・・・



目移りしてしまうほどに屋台が続く通りを、私と里花ちゃんを含めた仲良し4人組で群れながら歩く。




「すみませーん、焼きそば2つください」



「え!?○○ちゃん、2つも食べるの!?」



「違う違う!お父さんに頼まれたんだ…」




隣でぎょとする彼女に用意していた言い訳を口にすると、素直に納得してくれてほっとする。



それからラムネを2本、一番小さいサイズのりんご飴を2個、全部2つずつ買って・・・・




里花「そろそろ場所探さな、立ち見になってまうよ!」




里花ちゃんが先頭を切り、それぞれお気に入りの屋台名物を手に持って花火会場に向かう。



私は、少し歩幅を緩め、うつむき加減に一番後ろを歩いた。




里花「……○○ちゃん?どないしたん?」




彼女の一声に、他の2人も立ち止まりこちらを振り向く。




「……なんだか、気持ち悪くなってきちゃって…」



「大丈夫?!」




私を囲んで、口々に心配の声をかけてくれるみんな。



心から心配してくれているのが、ひしひしと伝わってくる。




「……う、うん……ちょっと休めば大丈夫だと思うから、先に行ってて」



里花「うちが付き添っとくから、2人は席見つけてきてくれる?」




2人は私を心配しながら、離れていく。



彼女達の背中が人混みに紛れたのを確認して、ふうっと大きく息を吐いた。




「……うまいこといったな」




里花ちゃんが、にやり笑いをよこす。




「ごめんね、付き合わせちゃって……」



「ええんよ〜、窮屈な恋をしてはる親友のためやん!」




そう、彼女は共犯者。



これまでの出来事はすべてシナリオ通り。



――屋台で買い物をした後、花火会場に向かう途中、
私は具合が悪くなってしまい、帰った事にする――



そして、友達を騙してまで私の行きたい先は・・・言うまでもない。



友人の中では唯一、里花ちゃんだけが私と先生の仲を知っている。



こうして協力してもらうことは日常茶飯事。



そして、いつも誰よりも楽しそうな里花ちゃんなのだ。




「ほれ、早う行かんと、花火始まってまうよ!」



「…うん、ありがとう。……じゃあ、また明日ね」



「うん、また明日!惚気話たくさん聞かしてなぁ〜」




里花ちゃんは大きく手を振りながら、人混みの中に消えていった。




それを見送って、私も歩き出す。



ここから学校までは歩いて5分ほど。



早く先生に浴衣姿を見せたくて、気持ちは走り出しているのに、実際の足取りは重かった。



・・・うぅ、本当に気持ち悪くなってきちゃった・・・



仮病のはずだったのに、締め付ける帯と、夜になっても下がらない気温と湿気で、



本当に具合が悪くなってきてしまっていた。



おまけに、鼻緒を挟んだ足の指の間が擦れ始めていて、



血は出ていないものの赤くなってヒリヒリしてるし。



もう浴衣も下駄も脱ぎ捨てたい気分だ。



それでも、先生とこの夏花火を見ることだけは絶対に譲れない!



ずっとずっと楽しみにしてたんだから!







――その意地だけで、私は何とか学校まで辿り着く。



ひとつも明かりがついていない、真っ暗な夜の学校。



夏休み中でもあるせいか、いつもより殺風景な気がするのがまた不気味に感じてしまう。



そおっと、職員玄関の扉を開ける。



事前に、昇降口じゃなくこっちから入ってくるようにと、古高先生との打ち合わせ通りに。



誰かに見つかったら・・・ちょっとしたスリルを感じながら、



来客用のスリッパを借り、脱いだ下駄は手に持って保健室を目指す。



この日のために、古高先生もあやめ先生と夏休み中の日直を変わってもらっている。



教員の中で二人の仲を知っているのはあやめ先生だけ。



しんと静まり返った校内。



こんな時間に学校に明かりが灯っているのを不思議に思われて、



近所の人に通報されてしまうと困るから、明かりは一切つけられない。



差し込む街灯の明かりを頼りに、廊下を進んでいく。



夜の学校はやっぱりどこか不気味。



・・・変なものと遭遇したりしませんように・・・・



心の中で祈って、いつもより道のりを長く感じながら、ようやく辿りついた保健室も明かりは灯っていない。




中では古高先生が待っていてくれるとわかっているから、私は何の躊躇もなく扉を開けた。



ひやり、と浴衣の裾から入り込んできた冷風が心地よい。



保健室の中はエアコンが効いていた。




「……先生……?」




一歩、二歩、足を踏み入れ、違和感に気付く。




暗くてよく見えないけれど、人の気配がない。



急に心地よかったエアコンの風が寒く感じた。




「…先生?……どこ?」




独りだと気づいて恐怖を感じ始めたその時、背後に何かの気配を感じる。



ぞくり、として恐る恐る振り向こうとして・・・・




「――ぎゃ!…んぐっ…ん〜ん〜!」




私の体は直立のまま突如金縛りに襲われ、叫ぶ声は音にならない。



・・・・先生!助けてぇ〜!!・・・



パニックになりかけながら、動け!と強く念じて腕に力を込める・・・



と、存外体の自由が利くことに気づいて、ふと抵抗を止めた。




「…ん?」




口元を覆うその形と、薄地の浴衣のせいか、敏感に感じた人肌のぬくもり。



同時に背後から聞こえてきたのは、くすくすと私をからかって楽しんでるときの笑い声。



むっとして、突き放すように拘束を解き、潤んだ瞳で睨み付ける。




「ばかっ!」




金縛りでも声がでないわけでもなく、ここで待っていてくれるはずの人に、



ただ口を手で塞がれ、羽交い締めにされていただけだった。



唇を尖らせて憤慨する私に、堪えきれないらしい笑いを必死に堪えながら、



すんまへん、と口先だけの謝罪をして肩を揺らしてまだ笑ってる彼をもう一度睨み返して、



初めてその全身像を確認する。



瞬間、怒りの感情はすべて吹き飛び去り、気持ち悪さも束の間忘れた。




「……」




言葉を失って、そして急に恥ずかしくなって弱った視線を逸らす。




「……似合うてへん?」




袖口を持って両手を広げながらそう聞かれても、すぐに答えられず、



口をあわあわさせながら、ようやくひと言絞り出した。




「すっ……すごく、似合って……ます……」




古高先生の、浴衣姿。



暗がりの中でも、ダダ漏れている色気を感じてる。



着てくれるようにお願いしたのは自分だけど、それは想像以上に心臓に悪かった。



今さら後悔していると、パチンと視界が鮮明になる。



私の浴衣姿をよく見たいからと、先生が一瞬だけと明かりをつけた。




「うぁっ…」




変な声を発したきり、私の体は金縛りでもなく羽交い締めにされたわけでもないのに硬直して、



目だけがオロオロ泳ぐ。



先生の目は私をじっと捉えている。




「そっ、そんな……じっくり見ないでください……」




言いながら、泳ぐ視線の隙でチラチラ盗み見る古高先生の、浴衣姿。



大胆に開いた胸元のVゾーン、秘境の領域に思わず視線を縫い止められる。




「……そないに見んといて」



「…っ!」




同じことを言われて、羞じらいを思い出し、落とした視線の先のビニール袋。




「あ、そうだ、ラムネ!先生が飲みたいって言うから買ってきたんですよ!
ぬるくなっちゃってるから、冷蔵庫借りてもいいですか?」




私の苦し紛れの回避策にも、ええよ、と軽い返事をしながら先生の視線はにこやかに私を捉えている。




「よう似合うてはるよ。
やっぱり、女の子の浴衣姿はええもんやね。かいらしい……」



「………ありがとう、ございます…」




ラムネを冷蔵庫に入れながらモゴモゴお礼を言う。








冷蔵庫のドアを閉めると、再び部屋の明かりが消えた。



暗転すると、互いの姿もぼんやり見えるだけで、視線もあまり気にならなくなって、



胸のドキドキも落ち着きを取り戻すと、代わりに気持ち悪さを思い出した。




ふらふら歩いていってそのままベッドに突っ伏す。



保健室が涼しかったお陰でさっきよりはマシになったけれど、ちょっと休憩したい。



少し楽になった体でうとうとしかけた時、ふいに背中に違和感を覚えた。



なんだろうと首を捻って後ろを見ると・・・・




「!??…ちょ、先生何してっ!?」




うつ伏せに寝ていた私の帯を、古高先生がおもむろに解いている。




「えっ!!??だっ、だダメです!誰もいないからって、生徒と、先生が学校でそんなこと…っ」



「帯、キツイんやろ?」



「……へ?」




腹這いでジタバタする私に降ってきた色気のない言葉に、思わず間抜けな声が出た。




「顔色がようない。慣れない帯で気持ち悪うなったんやろ。締め直したげるさかい、立ってごらん」




恥ずかしすぎる勘違いに、かあっと全身が熱くなるのを自覚しながら、もそもそと立ち上がる。



きっと今私は顔だけじゃなく、首まで茹で蛸みたいに真っ赤だろう。



電気が点いてなくてよかったと、心底思った。




「はい、袖、持って。じっとしとって…」




ただ帯を締め直してくれるだけだってわかっているけれど、



男の人に帯を解かれる行為はものすごく恥ずかしい。



それに、鼻息までわかるほどに近い距離。



そのドキドキを紛らわすように、先生に話しかける。




「…なんで、わかったんですか?」



「あんさんのカラダのことはよう知っとる。……まあ、まだ完全ではないけどな」




その言葉と一緒に、すうっ、と襟の合わせ目を長い指先がなぞる。




「どスケベ」



「さっき明かりをつけた時、青白い顔してはった。

せやけど、触れた時は熱はなかったようやし…

おそらく帯がキツくて気持ち悪なったんやろて、すぐにわかったよ。

…………はい、できた」




先生が帯を締め直してくれると、不思議とお腹の辺りがすっきりした気がした。



ちゃんと締まってるのに、さっきまでの変な締め付け感がない。




「すごい……先生、着付けも出来るんですか?」



「妹が日本舞踊を習っとってな、まだ自分で着物が着れへん小さい頃、

親が忙しい時はわてが着つけてあげてたさかいに」




先生のまた知らない一面を知って感心しながら、



妹さんも美人なんだろうなぁ、とか



先生の妹さんだから、私より年上なのかなぁ、とか



だったら、年上の妹になるのかなぁ・・・・



なんて、あるかもわからない未来を想像して一人で赤くなって、



それから、急に不安になった。



・・・私が卒業したら・・・



私たちの関係って、どうなるんだろう。



そんな忙しない私の心の期待と不安を――ドゴォン――地響きと共に大きな爆発音がかき消した。




「……あ、花火始まっちゃう!先生、早く!」




急いで冷蔵庫からラムネを取り出し、私達は屋上へ昇った。







―――


ドゴォン、ドゴォン、パパン、パチパチパチ



次々と夜空に打ち上げられる色とりどりの大輪の花。



浴衣姿でベンチに腰掛け天を仰ぐ。



貸し切り状態の学校の屋上、二人だけの特等席。



夜の学校に侵入する緊張感が、より雰囲気を盛り上げる。



焼きそばを頬張って、りんご飴を齧りながら不発だったラムネにちょっとがっかりしたりして。



私達は夏祭り気分の夜を満喫した。









――視界いっぱいに次々に打ち上がる彩火が、クライマックスを告げる。



それにどこか感じた物悲しさと、さっきの不安な気持ちがリンクして、そっと隣を窺う。



打ち上がる花火と同じ色に染められる先生の綺麗な横顔。



・・・先生は私のこと、どれくらい想ってくれてるのかな・・・



それは言葉には出来なくて、



代わりにそっと、手を握ってみたら、



きゅっと、大きな手が握り返してくれた。



そしたら安心できたから、また空を見上げた。



・・・その答えは、もう少し先でいいや・・・




「……来年の夏は、屋台も一緒に回れたらええな」



「……」




なに、それ。



期待していいの?



期待しちゃうよ?



ねぇ、先生。





つづく?☆ミ
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