●○連続篇○●

□保健室の俊太郎
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<ep〜敗恋-1>



昼休み。



里花ちゃんたち、クラスの仲良しグループとガールズトークの最中・・・・。





夕子【……○○さん……】



「……!!!」



不吉な声に名前を呼ばれ、私はぎくりと肩を跳ねさせた。



【……ちょっと】



教室の入り口で私を手招く夕子先生。



その場から動かないことで抵抗するけれど、彼女も全く引く様子はない。



これ以上この無言の抵抗を続けていると、



里花ちゃん達に事情を聞かれそうで困るから、私は仕方なく夕子先生の元へ。



「なんですか…っちょ!?」



喧嘩腰に口を開いた瞬間、手首を掴まれ、私は前のめりにぐいぐいと引っ張られていく。





――バタン



ドアが閉まると、気味の悪い静寂に包まれる。



薄暗くて独特の匂いのする音楽準備室。



ここに連れ込まれて良かったことなんて一度もない。



それに、無言のままこちらを見つめる夕子先生は、片手に何か持っているようだ。



・・・・なんか、いつも以上に嫌な予感がする・・・・



「……今度は何ですか……」



【…………】



すると、彼女は無言のまま、私の目の前に、片方の手を掲げた。



「…っ!!!!!」



その手に持っていたのは一枚の写真。



それを見て、私はこれ以上ないくらい驚きに目を見開いた。



とっさにその写真を奪おうと手を伸ばすけれど、素早くかわされてしまう。



【……これ、ばら撒かれたくなかったら。彼から身を引いて】



その写真に写されていたのは、



昨日、保健室で古高先生と私が・・・・・抱き合いながらキスをしている姿だった。



「……なんで……っ」



【はらわたが煮えくりかえりそうだったわ……。

でも、これで彼が私の方を向いてくれる。そう思って、歯を食いしばって必死に堪えたの……】



「信じられない……」



【アナタがいるからいけないのよ。

アナタさえ彼の目の前からいなくなれば。きっと彼は私を見てくれるようになる……。

だから……アナタから。古高先生に別れを告げなさい。そしたらこの写真は返してあげる】



「そんなことっ……」



【できない?……それなら、この写真。学校中にばら撒くわよ?

それで困るのはアナタよりも、古高先生の方だってこと、わかるわよね?

アナタは周りから白い目で見られるくらいで済むでしょう。

でも彼は。”生徒に手を出した”っていうレッテルが張られる。

当然、この学校はクビになる。そして悪い噂てのはすぐに広まる。

この事実は彼を一生苦しめることになるわ……】



「っ……」



【そんなの嫌よね?大好きな古高先生に迷惑かけたくないわよね?……ア・ナ・タ・の・せ・い・で】



すごく理不尽なことを言われているのに、何も言い返せなくて悔しくて。



追い詰められる感覚に、みるみるうちに涙が溜まっていく。



【だったら。どうしなくちゃいけないのか、分かるわよね?アナタはお利口さんだもの……ねぇ?】



だけど、泣いたら負けたような気がして。



今にも零れ落ちそうな涙を、唇をぎゅっと噛んで必死に堪えた。



【今日の放課後。保健室に行って。

”私、好きな人が出来ました。だから先生のことはもう好きじゃない”そう彼に言うのよ。

もちろん、私が聞いててあげるから。……ひと言でも、彼にこの事言ったりしたら……】



言いながら、彼女はひらひらと私の目の前で写真をちらつかせる。



「っ……」



【返事は?】



「……」



【……まあいいわ。アナタの行動が彼の名誉にかかってるってこと、忘れないでよね?

……ああ、大丈夫心配しないで。アナタが私との約束を破ったとしても。

アナタのせいで汚名を着せられた、そんな傷心の彼のことは、ちゃ〜んと私が慰めてあげるから。

……どちらにせよ、最後に勝つのはわ・た・し。……放課後、保健室よ!】



そうして、言いたいことだけ言って、夕子先生は音楽室を出ていった。



独り取り残された薄暗く狭い部屋で、



彼女の前では意地でも我慢していた涙がボロボロ零れ落ちていく。



・・・・大好きな人に、好きじゃないなんて言えない・・・・・



何より、あの人に古高先生を取られるなんて絶対に嫌だ。



でも、あの写真が表に出たら。



間違いなく、古高先生は悪者になってしまう。



だからって、夕子先生の言い成りにはなりたくない・・・・。



・・・どうすれば・・・・



あんな写真一枚返してもらったところで。



きっと写真のデーターは残っているはず。



そのデーターを消さない限り、私はずっと彼女に逆うことはできない。



ずっと理不尽な言い成りにされるがまま。



・・・・そんなのイヤ・・・・・



職員室に忍び込んで、データーを消す?



でも、職員室には常に誰かいるし、そんな犯罪めいたことできない・・・。



・・・・どうすればいいの?・・・・・












――――



私なりに、あの写真もデーターも全て消す方法を一生懸命考えた。



・・・・・だけど結局。



その方法を見つけることができないまま、放課後になってしまった。





「……ごめん、ちょっと用事があるから先帰ってて」



里花「わかった〜じゃ、また明日ね〜」



そう言って里花ちゃんと別れると、誰もいなくなった教室で、またじわりと涙が滲んでくる。




・・・・嫌いだないなんて言えない・・・・



夕子先生に古高先生を取られてしまうのも嫌。



でも、心にもないこと言えない・・・・・・。



そんなキリのない想いが堂々巡りして、私はもう半ベソ状態だった。



だけど・・・



・・・・古高先生を悪者にしたくない・・・・


私の心の中はそれが一番だった。




とにかく、あの写真が表に出ることだけは避けなくちゃいけない。



そのために今の私に出来ることは・・・・





――仕方なく、私は一歩一歩重い足取りで保健室へ向かい始めた。



涙を堪えながら俯いてとぼとぼ歩いていると、ふに人の気配を感じて顔を上げる。



すると視線の先には、保健室へ繋がる廊下の曲がり角に立つ、夕子先生。



【……今なら誰もいないから。こっそり忍びこめる。いってらっしゃい】



ぐいっと背中を押されて、曲がり角から一歩踏み出すと。



保健室のドアが見える。



一歩、二歩・・・・・・それ以上進めない。



・・・・やっぱり、無理っ!・・・・・



そう思って、振り返ると・・・



あの写真をひらひらと揺らしている夕子先生がいる。



「っ…」



この人に先生を取られるなんて・・・・。



でも。



・・・・私のせいで、古高先生を悪者にはしたくない・・・・



とにかく今は、私さえ我慢すれば・・・・。



ぐっと唇を噛んで、そう心を決め。





――コンコン。



「……失礼します」



中に入ると・・・・・



先生はパソコンに向かって仕事をしていたようで。



視線だけがこちらに向けられた。



『……どないしたん?また熱でも出た?』



「……ぁ…の…」



先生の優しい声を聞くと、あの広くて逞しい胸板にすがりついて、



全て打ち明けてしまいたくなってしまう。



だけど、同時に夕子先生の顔がちらついて、



冷房の効いた保健室で、じわっと嫌な汗が滲む。



『……ああ、逢いに来てくれはったんか』



そう言って、ふっと柔らかい笑みを浮かべると、



先生はパソコンを閉じて、こちらへ歩み寄ってくる。



そして、手を握られた瞬間――



「っ!!」



『!?』



思わず、彼の手を払ってしまった。



自分の行動に胸が締め付けられるようで、上手く呼吸が出来なくなりそう。



・・・・ごめんなさい、先生・・・・・



「……あの……私…………」



・・・・言いたくない、言いたくない・・・・



・・・・でも、先生に迷惑をかけたくない、先生を悪者にしたくない・・・・



「私っ!好きな人が出来ました。だから先生のことは…………」



『は?』



「先生のことはもう好きじゃないっ!」



言い切って、保健室を飛び出した。



ドアのすぐ傍には、夕子先生の姿があった。



潤んだ視界に、彼女の満足げな笑みが歪んで映る。



人差し指と中指で挟まれた写真を彼女から奪い取って。



私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、家まで走って帰った。







―つづく
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