浦島花子の徒然なるままに2
□59:黒い獣の贈り物
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(高杉視点)
俺の耳はまだ、覚えている
名無しと交えた刃の音を
俺の身体にはまだ、残っている
アイツの身体を貫いた時の振動が。
俺の右目はまだ、映している
光を失ったアイツの瞳を
それでも鳴きやまない獣の呻き
今、内に黒い獣を住まわせているこの俺を、あの日アイツは『シロ』と呼んだ
『あなた……シロ?』
出会いの場は神社の境内。
*
「…俺はシロじゃねぇ」
『あ、ごめんなさい。今こっちに仔犬が来なかった?白いやつなんだけど』
「あっちに走って行った」
『あー。また逃げられちゃったぁ』
「…まさかとは思うが、シロってその犬のことなのか?」
『うん』
「何で俺と間違えるんだよ」
『変身したのかと思った。昔話みたいにドーンって。えへへ』
ドーン…?
ドロンじゃなくて?
素っ頓狂。
それが名無しの第一印象だった。
その頃の俺は、鼻持ちならない金持ちのボンボンどもが集う寺子屋に通っていて、そこには俺が望むものなんてなかったから、俺は時折サボってはこの境内へ時間を潰しに来た。
名無しはというと、ここに居着いた野良の仔犬を手なずけようと、いつも能天気に追い回していた。
俺は、シロと名付けられた犬が、見かける度に少女に懐いていく様子を、遠巻きに眺めていた。
まだお互い、名前も知らなかったあの頃。
どこに居ても得るものなんてなくて、それならあの居心地の悪い寺子屋に居るよりも、この能天気な少女と仔犬の行く末を見守る方がよっぽど楽しく思えた。
だがそんな小さな楽しみも、ある日突然終わった。