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□今日から一人で
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ロスロリアンにいると、時が経つのはあっという間。

名無しさんを遠い裂け谷から連れて来たのはつい昨日のことのように思えるが、もうあれからひと月程経っている。そんな今日は、とうとうエルラダンとエルロヒアが裂け谷に戻る日。

双子の兄らも妹の名無しさんが新しい生活に慣れるまであともう少し、と思って滞在していたが、流石にそろそろ帰らないと父上からきついお叱りを受けるだろう。


「おにいさまたち、かえっちゃうの…」

「「名無しさん…!!!」」

すごく寂しそうな顔をする妹を見て、平然とできる兄弟がいるわけないだろう。

ロスロリアンの森の入り口で、旅の支度をして立つ兄らと、見送る側として立つ名無しさん。

ケレボルンに編んでもらった花冠を被っていても、しゅんとした顔のまま。いつもは被っているだけでニコニコ可愛い顔をしていたのに。


「ほら、名無しさん、そんな顔して僕たちを悲しませないでよ」

「そうだよ、名無しさんが心配で安心して発てやしない」

本当は、発ちたくないのだが。

「…ごめんね、おにいさま」

自分がいつまでもしょげているから駄目なのだと分かっている名無しさんは、今度こそにこりと笑って、兄らに最後のハグをもう一度した。

「それでこそ、僕らの妹だよ」

ぽんぽん、と背中を優しく叩いて三人で抱きしめあった。

「さあ、もう大丈夫だね?」

「うん、おばあさまやおじいさまがいるから。さびしくない。」

「そうそう、その意気だ!」

「ハルディアもいるし」

「………うん、ね。」

その間は何ですか、とか返答の扱いが私の時はぞんざいな気がするのは気のせいですか、とか色々突っ込みたかったハルディアだったが、無表情で堪えた。(実は見送りに居た)


別れを惜しみつつ、兄らは名無しさんに「また来るからね」と笑顔を残して森の境へと馬を進めた。


「またね、おにいさま!!」

「元気にしているんだよ、名無しさん!!」

じんわりと朝陽が顔を覗かせたのと同じタイミングで、兄らは馬を走らせた。

「ハルディア、名無しさんを頼んだぞ!」

『 !』

駆け出す瞬間、兄らはハルディアに名無しさんの知らない言葉を投げかけ、そのまま笑って去っていった。


名無しさんが不思議そうな顔をしてハルディアを見上げると、彼は「わかっておりますよ」と呟いて、名無しさんを見下ろし微笑んだ。

「おにいさまたち、なんて言ったの?」

「あぁ、あれは…」


「ハルディア、名無しさんを頼んだぞ!」

『周りが思っているよりもずっとずっと寂しがり屋さんだからな!』


森のエルフはほとんどが知らない西方の言葉を使うなんて。まぁ、寂しがり屋と言われたら名無しさん様がご機嫌を損ねかねないから、賢明な判断だといったところか。


「…名無しさん様から目を離すな、と釘を刺されましてね。」

「おにいさまたちったら…ねぇ、さっきのはどこの言葉?」

「西方の…人間が使う言葉です」

「人間の…ねぇ、ハルディア、わたしもしゃべれるようになる?」

「覚えようという気があれば、必ず」

私頑張る!人間と話してみたいから!と嬉しそうにした名無しさん様。

西方の言葉を扱えるのは自分と、領主のお二人ぐらい。森のエルフたちは、弟らを始めあまり他の種族や言語に興味がない。それに比べたら、名無しさん様は本当に好奇心が旺盛だ。

西方の言葉はきっとケレボルン様やガラドリエル様がお教えするだろう。名無しさん様のことだ、すぐに簡単な会話はできるようになる。


「さ、そろそろ戻りましょう」

「はーい」

たたた、と自分にかけより、自然な流れで手を繋いできた名無しさん。少し驚いて見ると、「あ、ご、ごめんなさい」と慌てて手を引っ込めてしまった。

「おにいさまとまちがえて、その、ごめんね」

「いえ、かまいません」

手をもう一度、今度は自分から伸ばして名無しさんの手をとるハルディア。

「…いいの?」

「ええ、名無しさん様なら、いつでも喜んで」

「じゃまじゃない?」

「まさか。小さい手をとって歩くのは、弟たち以来ですからね。私としては、懐かしく嬉しい限りです。」

「…よかった」

ほっとした表情を見せ、きゅっと手を握りなおす名無しさん様がひどく愛おしく思えた。


本当、あなた方が仰ってた通り、名無しさん様は周りが思っているよりもずっとずっと寂しがり屋ですね。

懐いてくれている分、自分が名無しさん様をしっかり見守らねばと心新たにするハルディアであった。







(おや兄上、そうやって名無しさん様の手をひいて歩いてるとまるで、兄妹というより親子に見えますね!)

(そう言われれば、兄上はエルロンド卿に似てるかも??)

(実は案外二人は歳が近いかもよ??)

((あはははは!!))

(…ルーミル、オロフィン、兄に喧嘩を売るとはいい度胸だ)


名無しさんの死角から弟二人を睨むハルディアは、今まで見たことのないほど恐ろしい形相だったそうな。
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