金田一 short
□霧島青年の狡猾なる浮気調査
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彼の後ろを通ったときに、ふわっと香ったそれ。
自分のものでもない、彼からその香りを今まで嗅いだこともない。
本当に微かで、見過ごしてしまうくらいのものだった。
普段の春葉であれば気づくこともないもので、なんとも思わなかっただろうが今はどうしてもそういう訳にはいかなかった。
「よ、遙一さん…。」
おずおずと声をかける。
愛しい彼は今、ダイニングテーブルにノートパソコンと書類を広げて難しい顔をしている。
普段はかけない眼鏡をかけて、真剣な表情で画面を見つめる姿は春葉の好きな高遠の姿だが、今はあるひとつの焦燥感のせいでそれどころではなかった。
「……どうしました?」
画面から顔を逸らさず、声だけ向けられる。
その声は邪魔をするな、と言わんばかりの無機質さを含んでいた。
その様子に胸に痛みが走る。今までこのように突き放されるような態度をとられたことはなかった。
ショックからなのか緊張からなのか、よく分からなかったがそんな高遠の態度を前にして心臓がばくばくと振動し始める。
「……用があるんじゃないんですか?」
「あっ、あの!最近…こ、……香水変えたり…しました…?」
手をぎゅうっと握って震えを抑える。
変なことは聞いていないはずなのだが、春葉の胸中にある1つの“疑い”と、高遠の冷たい返事のせいで異様に不安と恐怖、焦りが掻き立てられる。
「……。」
「あ、あの…」
無言になってしまった高遠。
2人の間に漂う空気に居た堪れなくてなり、答えを待たずに春葉は言葉を発する。
ーーバンっ
「っっ!?」
突然の音に春葉の肩が大袈裟なほど跳ねた。
高遠が作業してたパソコンを乱暴に閉じたのだ。相変わらず何も語らない背中だけを見せている。
「変なことを言わないで下さい。今忙しいので、そんなことでいちいち呼び止められては困ります。」
「ご、ごめんなさい……。」
怒らせてしまったことに心臓が冷えていく。こんなに苛立った態度をとる高遠を見るのは初めてだった。
下を向いて、小さく謝罪の言葉を述べる。
高遠の顔が怖くて見ることができない。
「……今日はもう帰ります。」
そう言うと、直ぐにパソコンと書類を片付けてしまう。帰ると言った彼に焦り、その背中に縋るような気持ちで叫ぶ。
「ま、待って!もう邪魔しないで大人しくしてるから…!ここにいて…!」
帰らないで欲しいという思いが春葉の身体を動かし、物を片す高遠の腕を掴んだ。
「っ!」
ーーパシッ
「…………え?」
春葉は思わず自分の目を疑った。
腕を掴んだ瞬間、振り返った高遠は明らかに嫌そうなをした。そして、そのまま春葉の手を振り払ったのだ。