戴くは結いし花の冠

□砂上の楼閣
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その昔、レジェンドラ大陸は今より遥かに広大な森に覆われ、その大部分をエルフ族が支配していたという。
しかし外海を渡って大陸にたどり着いた、生まれつき魔力をもたない“人間”と呼ばれる異種族が住みつくようになると、彼らは森を伐り開き田畑や町をつくり、私たちの森は減っていった。
「いっちばーん♪」
エルフの王国であるムーンパレスは歴史こそ古いが、現在は大陸の東の端にわずかに残った森を領土とするのみ。森を一歩出れば北から南まで見渡すかぎり、異種族が作った七つの国に包囲されている。
「…に、にばーん…」
“城”と呼ぶには随分小さいけれど、幼い日の私にとっては充分大きく感じた。森の西の果て、国境を見張るように建てられた砦、ガーラン城。
「今日は、お山のふもとまで行ってみよう」
森を抜け、山を越えた向こうに古い城の廃墟があるらしい。昔はエルフと人間は今より仲が悪く、廃墟となった城も度重なる戦によって疲弊したものと聞く。
「たんけん、たんけん♪」
森とともに生きる私たちエルフにとって、森の中を歩くことは苦にならない。むしろ森の外こそ危険な外界で、だからこそ当時の私くらいの子供にとっては好奇心の対象でもあった。
「あっ…ま、まってー」
…平和な時代だったのだ。
「はやくいこーよー」
へばる友人を振り返って急かしつつ、森の出口へと向かう私。
「…?」
よく晴れた日だった…が、友人の金髪をまばゆいほどに照らしていた木漏れ日が、不意に翳りだす。
「ティリスちゃん、はやいよー」
森の出口を前に立ち止まった私に、友人がぼやきながら追いついてくる。
「…なにかきこえない?」
私たちエルフは、生まれつき耳がいい…というのはあくまで“人間”と比較してのことで、もちろんエルフの中でも個人差はある。
「なにかって…なあに?」
はじめ首を傾げていた友人も、呼吸が整うと“声”に気づき、白い肌が青ざめていく。
「お、おばけ…!?」
聞き慣れた鳥や獣の声ではなかった。
「でも、おばけやしきはお山のむこうよ」
古城の廃墟には亡霊が出るという噂があった…が、さすがにここからでは遠すぎる。
「もうかえろうよー」
陽射しはすっかり灰色の雲に遮られ、森の外の未知の領域も薄暗く不気味に見えた。
「ぅ…ぐ」
耳をすますと、声はより鮮明に聞こえた。
しかしそれ以上に私を驚かせたのは、一目散に逃げ出した友人が残したほとんどわけのわからない悲鳴だった。
「…だれかいるの?」
私を置いて逃げ帰った友人のことはとりあえず放っておくとして、森の外から聞こえた“声”の主を探す。
「…だ、のか…」
足が自然に動いて、私は森の外へと踏み出していた。
「あなたは…だれ?」
おそるおそる近づく。横たわる黒い何か…それは甲冑をつけた大人のようだった。ガーラン城の兵かもしれない、と思った。
「わしは…死んだのか…? 子供の幻が見える…」
うわごとのようにつぶやく甲冑。
「まぼろしじゃないよ。いきてるよ。わたしはティリス」
鉄仮面のような兜に覆われ顔は見えなかったが、深手を負ったらしい騎士が倒れていたのを運よく私が見つけて…
「だいじょうぶ…? ケガしてるの?」
その後のことはよく覚えていない。ただ、程なく降りだした雨の中、助けを呼ぶために必死でガーラン城まで走ったことは、今も記憶に残っている。

(→続く)
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