戴くは結いし花の冠

□色香(仮)
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眠っている間にも、世界のどこかで何かが起こっている。それがどこか遠くの知らない国ではなく、陸続きの隣国なら…私が眠っている時間だけで、たとえば隣国の暗殺者が我が国の王を殺害できるとしたら。
毎晩眠るのが怖くなって、朝起きるたびにあの人は無事か、寝ている間に何もなかったか…と確認することから一日が始まり、片時も安心できない。
(…ミルティア)
幸い、私はこうして毎朝親友の寝顔を見られるおかげで幾分気持ちが落ち着く。
確か私より年下のはずだが、清楚で可憐でやや陰がある大人びた雰囲気の彼女も、寝ているときは年相応に愛らしい少女の顔を見せてくれる。
衝動というのか…つい、誘惑に負けそうになる瞬間がある。
(少しだけ…)
ミルティアが眠っていることを確認して、彼女の唇にキスした。ほんの一瞬触れただけのつもりだったけど、騒がしい私の心臓はいつまでも収まらない。
(ばれてない…わよね?)
胸に手を当てて深呼吸してみる。…実は、これが初めてではなかった。
私はミルティアに比べると歳の割に童顔で、少しミルティアをうらやましく思うこともある。
「ん…ソフィー、もう起きたの?」
「おはよう。ミルティア」
我ながら、こんな状況でよく眠れていると思う。隣のファンダリア帝国が世界中に宣戦布告してからというもの、ここトラッドノア王国でも慢性的な睡眠不足に悩まされている人が少なくない。
「おはよう。おなかすいた?」
「ん、少し」
恋人じゃなくて親友だけど、
「ふふっ…待ってて、すぐできるから」
毎日ミルティアに食事を作ってもらってる…私も料理はできるけど、仕事のほうが彼女より若干忙しいのでつい頼ってしまっている。それでもいつも笑顔で私を甘やかしてくれるミルティアには感謝の一言では済まない、今からでも抱きしめてキスしたいくらいの想いがある。
「もうレイナート様には会ったの?」
レイナート様はトラッドノアの若き国王。…と言っても私たちより遥かに年上だけど、見た目は私に輪をかけた童顔で、知らない人には十五歳未満の子供だと思われることもあるほど。
「今日はまだ。…昨日、朝早く行ったらウリルがいたのよ」
ウリルは一応レイナート様の家臣の一人で私たちの仲間ということになっているけど、いわゆる妖魔の女でレイナート様を誘惑しようと企む油断ならない相手。
「どうしてレイナート様は、あの連中を放っておくのかしら!」
ウリルだけではなく、サターナという怪しい男や、ギガという竜人もいる。ウリルの部下の騎士ジャロムも人間ではないと専らの噂だ。ギガとジャロムはともかく、ウリルやサターナは邪悪な魔物であることは明白なのにレイナート様は彼らを追い出すどころか、部下として私たちと同様の待遇で重用している。
「レイナート様にも何か考えがおありなのよ」
ミルティアは笑顔でテーブルに料理を運んできて、てきぱきと並べる。
「レイナート様はウリルに甘すぎるわ。もう誘惑されかかってるんじゃないかしら」
紅茶に入れる砂糖はティースプーン1杯まで。これ以上だと甘すぎる。
「そんなことないと思うけど…ソフィー、ウリルさんを意識しすぎじゃない?」
ミルティアはギガだろうとジャロムだろうと“さん”づけで呼ぶ。単にあまり親しくない相手だからかもしれないが。
「別に…サターナとかと同じでしょ」
あの女は魔物だし。
「そうかしら? 何か悪いことをしたわけじゃないでしょう?」
レイナート様も種族が違うだけで偏見はよくないと仰っていた。ギガに関してはそれでいいと思えるけど、やっぱりウリルとサターナは信用できない。ちょうどファンダリアのグレイスとギデオンのようで…
「じゃあ、もし私がウリルを追い出そうとしたら、ミルティアはウリルに味方するの?」
我ながら大人げない発言だと思うけど…
「ばかね。何があっても私はソフィーの味方よ」
親友はいつもそう言って微笑んでくれる。
「ミルティア…」
思わず抱きつくと、花のような甘い香りがする。キスしたときと同じ香り…思い出してドキッとしてしまう。
「レイナート様もいい歳なんだし、言い寄る女も珍しくはないでしょう?」
国王ということで大抵の女性は遠慮してしまうから、多くはないと思うけど。
「まあ、それはそうなんだけど…」
レイナート様はいつも冷静で飄々として取り乱すようなこともなく、女性に言い寄られてもやんわりと受け流すようにまるで相手にしない。
「ソフィーもウリルさんに負けないように頑張らないとね」
たぶんミルティアは、私がレイナート様に片想いしてるからウリルが気に入らないんだと思ってる。
「ミルティアこそ、好きな男の人とかいないの?」
ただ…私の想いは、レイナート様という最も優れた魔導士への尊敬や、国王として人格者である彼への敬服に基づくもので、かりに相手が女性でも成り立つから、恋愛感情ではないのかもしれないと思う。

(→続く)
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