【She spin-off】


春の雨


春休みももうすぐ終わろうとしていたある日の夕刻。
急に降り出した雨に駅の改札口には雨宿りの人々が溢れ返っていた。
今朝の天気予報ではにわか雨があるかも、と話していた予報は的中。
佐和は傘を持って部活に出かけた。

雨宿りをしている人々の中に見慣れた長身を見つけた。
部活のジャージを着ている彼の後ろに小走りで駆け寄り声を掛けた。

「池上くん」
「おお、北村か。そっちも今帰りか?」
「うん。池上くんはちょっと早いんじゃない」
「今日は監督が急用ができたらしくてな、早めに練習終わったんだ」
「珍しく早く帰れたのに突然の雨・・・で、立ち往生なんだね」

少しいたずらっぽく笑う佐和を見て、池上は頬の温度が上昇するのを感じた。

「よかったら傘入っていく?」

突然の提案に戸惑っている池上に、佐和は鞄から赤い折り畳み傘を出して見せる。

「雨、まだ上がらないと思うよ」
「その傘じゃ小さいだろう。二人で入ったら濡れるぞ」
「でも、小雨だから大丈夫だよ。家だって近いんだし」

池上に傘を差し出して、背の高い彼が傘を指す事を促した。

「池上くんだけ置いて帰れないよ」
「ったく、しょうがねえな。お前昔から強引なところあるよな」

断り切れなくなって、池上は結局傘を受け取った。

中学時代のバスケ部ではしっかり者のマネージャーとして、部を支えていた。
見た目はおっとりした感じだが、芯の強いところがあることを池上は知っていた。
成績優秀で育ちの良さを窺わせる清楚な容姿もあって、中学では男子生徒の憧れだった。
告白されたりしていたようだが、特定の相手がいたという話は聞かなかった。
高校は別々になってしまったため、その後浮いた話というのは見当もつかない。


雨宿りの人混みを抜け出して、二人は歩き出した。
やはり傘は小さくて、彼女のはみ出す肩に気付くと池上はさりげなく抱き寄せた。

「肩濡れてるぞ」
「・・・それは池上くんもでしょ」

お互いに心拍数が上がっているのを自覚しながらも、気付かれないように振る舞った。
そこからは気ごころの知れた中学の同級生、近況報告的に学校や部活の事を話し、肩を寄せ合って家路を歩いて行く。

駅からゆっくりと歩いて5分。
池上の家に着いた。

「雨上がらなかったな。傘入れてもらって助かった」
「いいえ、こちらこそ小さな傘に無理やり入れてごめんね」
「風邪ひくなよ」
「そっちこそ、風邪引かないでね。池上くんの方が濡れてるじゃない」
「俺は大丈夫だから。ちょっと待ってろ」

そう言って、池上は家の中に入っていった。
すぐに出てくると、部活の鞄を置いてきたらしく、手には大きな傘を握っていた。
佐和はきょとんした顔をして、池上を見ていた。

「なんて顔してんだ。送ってやるから、早く行こうぜ」

背中を軽く押されて、池上がゆっくりと歩きだした。

「まだ明るいんですけど・・・」

後を追うように佐和も歩き出す。

「最近、ヘンなのが出るらしいぞ」
「えっ!?」

無言になる佐和に、池上は思わず噴き出した。

「春だからな。頭のおかしいヤツがいるんだろう」

地元では知らない人間はいない程、有名な女子校の制服を着ている。
ナンパや痴漢に遭うことも少なくない。

「一人で帰る時は気を付けろよ。遅くなる時は連絡くれたら一緒に帰ってやるから。まぁ、うちの方が圧倒的に練習終わるの遅いからな。難しいかもしれないけどな・・・」
「・・・うん、わかった。ありがとう」


更に歩いて、静かな住宅街に入って行く。
大きな日本家屋の前で立ち止まった。

「送ってくれてありがとう。余計に気を遣せちゃったみたいで、ごめんね」
「気を遣い過ぎてるのは、北村の方だろ」
「だって、来月からIH予選始まるし、陵南のレギュラーに風邪なんかひかせたら、田岡先生に申し訳なくて」

厳しい練習と熱心な指導で有名な田岡の姿を思い浮かべ、二人は苦笑した。

「そういえば、近々練習試合をするかもしれないと言ってたな。先生が喜ぶから都合がつくなら見に来てくれ」
「ふふ。じゃあ、日にち決まったら教えてね。美月と一緒に見に行くから」
「ああ、そうだな。高濱が来ないと仙道がだらけてしょうがない」
「ほんと仙道くんて美月の事好きだよね。練習見に来ただけで、はりきっちゃうんだから」
「エースなんだけどな、アイツ。気合い入るスイッチが彼女の応援っていうのが・・・」
「副主将も大変ですね」

声を上げて笑う佐和、池上はため息をついた。

「悪い、引き留めたみたいだな。暗くなってきたから、家に入れよ」
「うん、そうさせてもらうね。送ってくれてありがとう」
「おう、練習試合の日にち決まったらメールするから」


家に入って行く佐和を見届けて、池上は自宅へと歩き出した。
いつの間にか雨は上がっていた。

「やっと上がったな・・・」

そう呟いて傘を閉じた。


遠ざかっていくその背中を佐和は部屋の窓から見つめていた。
高校最後の夏が終わるまでは待つと決めていた。
5年前からずっと抱き続けていた想いはまだ告げられない。
今の自分に出来るのは、近くで応援する事だけだ。

「がんばって、池上くん・・・」

抱き寄せられた肩のぬくもりは、まだ残ったままだった。

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