〜小説〜
□『複雑な気持ち』
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「っん〜・・・!」
目覚めと共に開け放ったふすまから、背筋がぴんっと伸びるような冷たい風が吹き抜ける。
「・・・わぁ!」
寒いわけだ。
千鶴は目を大きく見開いて、目の前に広がる銀世界に胸を躍らせた。
京での雪はこれが初めてではない。
だが何度見ても、趣のある景色に真っ白な雪が降り積もる様は、なんとも言えない気持ちになる。
「おはよう。千鶴ちゃん」
部屋を開けっぱなしにしたまま、目の前のことだけに夢中になっていた千鶴は、声をかけられるまでその存在に気付かなかった。
「お、おはようございます・・・沖田さん」
はしゃいでいるところを見られてしまった・・・。
恥ずかしくてむずがゆく縮こまっていると、横から面白がるように微笑む音がする。
「・・・積もったね」
「はい!とても綺麗です」
千鶴が素直にそう口に出すと、沖田は楽しそうに腕を組みつつ、その姿を見つめる。
「な・・・、なんですか」
そう尋ねても暫くじっと自分を見つめる沖田にたじろぎ始める。
「千鶴ちゃん」
「は、はい」
見つめられている・・・というよりは観察されてた・・・のかな?
気恥ずかしさからじわりじわりと不安や緊張が纏わりつき始める。
「積もった雪も、それにはしゃぐのもいいけど」
「う・・」
「正直言って、その格好で部屋から出るのは幹部として許せないなぁ」
「・・・え?」
そう言われ千鶴は一度自身の格好を見直す。
寝巻・・・がどうしたというのだろう。
「それ、寝巻でしょ?僕ら幹部が通るならまだしも、平隊士が通ったら君、どうするつもりだったの?」
「・・・あ!」
・・・しまった!
確実に油断した。わたしは新選組預かりの身。
隊士でもなく、そもそも男ではない。
しかも父様を探すための助力として役に立つ、という理由だけで生かされているのに。
平隊士にもし見つかっていたら・・・。
沖田さんの言う通り、髪を下ろした状態であるからすぐに女であることがばれてしまうだろう。
そうしたら、幹部の皆さんにどれだけの迷惑がかかるか・・・。
その後の千鶴の処遇は想像に難くない。
「確実に、女の子だって思うんじゃない?」
ニヤリニヤリ・・と笑う彼の腰には、当たり前だが刀が差されている。
自分の立場を改めて見直し、ひんやりとした汗が背を伝う。
「す、すみませんっ!」
急いで身を翻し自室へ入る。
くつくつと笑う声が耳に入る。
「千鶴ちゃん、僕は先に勝手場に行ってるから。ゆっくり準備してもいいけど・・・二度寝なんてしないでね?」
障子越しに話しかけられる声が、少しだけ冷たい雰囲気を纏っている。
当たり前だろう・・・
自分の立場をわきまえない行動をしたのだから。
「はいっ!」
今日の朝餉の準備は千鶴と沖田が担当だった。
それを今の今まで忘れていたというのも、千鶴の溜め息を深める原因になっていた。
「・・・しっかりして千鶴」
千鶴はそう自分に言い聞かせ、着物の襟をきゅっと正し、気を引き締め部屋を出るのだった。