〜小説〜

□『雨滴る夜更けに』
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「あれ・・?」


居間、中庭、台所に自室―


小さな少年―少女の足音が夜更けにせわしなく響いている。


もう夕飯の時間はとっくに過ぎていて、外は漆黒の闇に包まれていた。


明るい室内からは外の様子が上手く見えない。



「・・・・」



ざあざあと本降りになり始めた雨に、不安が募る。


普段なら、もう帰ってきてもいい時間なのに。


千鶴は胸元でぐっと両手を握りしめる。



「沖田さん・・・」


小さく漏らした声と一緒に、白い息が闇に溶ける。



両手を握りしめたまま、縁側に立ち続けること数分。


ぼんやりとした橙色の明かりが屯所の塀にそって近づいてくる。


千鶴は何を考えるよりも先に手ぬぐいをひったくり、玄関までひた走る。


草履をきちんと履く間も惜しくてそのまま外へ駆けだす。




「・・・っ」




雨が降りしきる中、浅葱色の軍団が見える。



「・・・ぉ、」



安堵と歓喜で、その名を呼ぼうと口を開く。


しかし帰りを待ち望んだ彼は、平隊士たちに何か指示をしているようで千鶴はぐっと声を押し殺す。


彼の指示を聞き届けた平隊士たちは一礼してから屯所内へ入っていく。


千鶴は玄関から少し横に外れ、深く礼をしたまま彼らが中に入るまで動かずにいた。




「・・・おかえりなさい、沖田さん」




平隊士たちが全員中に入ったのを見届けた後。


頭を上げると、大雨の暗闇の中、佇む姿が目に映る。


千鶴は自分が雨に濡れることを気にせずに、そっと沖田の羽織の裾を掴む。


ぐしゃり、と音を立てて水が滴るその様子から、随分と長い間雨に打たれていたことが分かる。




「沖田さん、・・・早く中に入りましょう?

風邪を引いてしまいます」



数回、裾を引っ張ってみたが反応がない。


目の前にいるのが、いつもの沖田でないことくらい、千鶴にだってわかっていた。


酷く荒んだような目をして、空を見上げている。



「・・・汚れるよ、千鶴ちゃん」



―けがれる。


乾いた声で紡がれたのは、拒絶の言葉。

ずきり、と痛む胸の奥を無視して、千鶴はその腕を沖田の腕に絡める。




「沖田さんは汚れてなんかいません」



ぐっと引っ張るが、当然千鶴の力で動かせるわけはなく。


必死に声をかけるが、沖田の耳に届いている気もしない。



「・・・千鶴ちゃん」


そんな千鶴を鬱陶しく思ったのか、自身の腕に絡む千鶴のそれを強引に振り払うと、

何も言わずに千鶴の首を右手で掴んだ。



「・・・・ッ!?」



細く、白い首。

その細さは沖田の片手で掴めてしまうほどだ。



喉元を親指で掻き切るようなしぐさを見せる沖田の指に、千鶴は涙が出そうになる。


何か、気に障ることを言っただろうか。


汚れてる、なんて・・・言わないで。





「・・・くっ、は・・・」



知らぬ間に千鶴はつま先立ちになり、ぎゅっと瞼を閉じて耐える。


何か、あったのだ、と。


巡察がこんなに長引いたのも

沖田さんがこんなに憔悴したような様子なのも。



私が・・・殺されてしまいそうなのも。





「おき・・・、たっ・・さ・・」



千鶴の頬に一筋、二筋と流れる水滴は、涙なのか雨なのか。


沖田は必死にもがく千鶴の姿をしばらく見つめると、その手に込めた力を緩め、


ごめん・・と呟き震えるその体を抱きしめた。
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