〜小説〜

□『雨滴る夜更けに』
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「沖田、さん・・・」



少しだけ弱まった雨の中。


千鶴はケホケホ・・と小さく咳込みながらも、


不安げに自分のことを抱きしめる沖田の背に両手を回した。






「・・・こんなに冷えて・・、ごめん」




ぼそり、と耳元で呟かれた声にふるふると頭を振った。



「私は、沖田さんをお迎えに来たんですから」


「いくら濡れてたって、冷えてたって、かまいません。」



沖田の肩に額を寄せると、沖田はもう一度、ごめんと呟いた。







「・・・私を、殺したいと思ったのですか?」




その声に、ぴくり、と肩が跳ねる。



真夜中に雨が降りしきる音の中で、静かに紡がれた言葉。



千鶴は問う。


沖田は抱きしめる力を強める。



「私が、目障りでしたか?」



再度問うと、沖田は腕を解き何も言わずに千鶴を連れて屯所内へと入る。



「・・・沖田、さんっ」



―答えてください。



千鶴がそう口にしようと思った瞬間、

どさり・・、とある部屋に放り投げられる。




「・・・あ、の」



真っ暗な部屋。


鬱陶しそうに羽織をその場に脱ぎ捨てる影が動く。


べしゃっと音を立てて落ちる羽織。


千鶴は無意識に近づいてくる自分よりはるかに大きな影に体を強張らせる。





「・・・・沖田、さん」



ほとんど何も見えない中、

心細さと不安と、溢れだす愛おしさに千鶴は手を伸ばす。



「・・・千鶴、ちゃん」



伸ばした手に触れたのは、濡れた着物ではなく。

酷く冷たくなった沖田の素肌。



「風邪を、引いてしまいます・・」


「千鶴ちゃんがあっためて・・・」


体すべてを包まれる感覚に、千鶴は大きな安堵感を覚える。



―大丈夫、いつもの沖田さんだ。



何も着ていない上半身に、照れが勝った千鶴は身を捩って見せるが、

沖田は逃がすまいと力を強める。




「・・・沖田さん」



「・・・何」



「私を、殺そうとしましたか?」



「・・・そんなわけ、ないでしょ」



「でも・・、さっき」


「・・・ちょっと、黙って」




千鶴が先程の問いを繰り返すと、

沖田はそれ以上何も言われたくないのか、千鶴の唇を塞ぐ。



どくん、と心臓がそれに応える。


この人が好きだ、と


何をされても、この人が好きなんだと


千鶴自身に伝えるように。




「・・・今日は、ね」




ゆっくりと、唇が離れる。


纏っていた熱が離れる感覚に、千鶴は目を開けた。



「人を、斬った」


「・・・はい」



小さく、でも淡々と思いを言葉にする彼を、千鶴はじっと見つめる。




「でも・・・、それを見てた子供がいたんだ」



「・・・子供、ですか?」



うん。と、掠れた声を漏らすと、

千鶴の体を抱き上げ自分の胡坐をかいたその上に乗せる。


そして、しっかりと後ろから小さな体を抱きしめる。



「・・・お母さんも、いたんだ」


「人を斬るところを見られたわけだから、当たり前だけど・・・。


その子は大声で泣き出して・・。


いつもは気にならないのに、頭に来たっていうか・・・

苛ついて、つい大声出してやめろって言っちゃったんだよね。」



千鶴はその後悔の色が滲む声に耳を傾けていた。


腰にまわされた細めだけどがっしりした腕を撫でる。



「・・・千鶴ちゃんもさ」


「僕が首を掴んで、力を入れれば簡単にいなくなっちゃうんだよね」


「・・・・沖田さん?」



後悔が、寂しげな不安に揺れる声音に変わる。


千鶴はその表情を窺おうと、首を少し捻って見上げる。




「僕の目の前から・・、傍、から・・」



悔しげな、寂しげな。


複雑な表情を浮かべた顔で、唇をぐっと噛む。


千鶴は、そっと口を開く。


想いを乗せて。



「・・・私は、いなくなったりしませんよ」


「沖田さんの傍に、います」


「いなくなったりしません」




念を押すように、2度そう伝えると、

沖田の表情は今にも泣きそうなものに変わる。




千鶴はまるで子供をあやすように、ゆっくり優しくその顔を両手で包むと、

自分から沖田へ口付ける。





―大丈夫。



そう、伝えるために。



人を斬ったことで酷く心を痛める人ではない。


千鶴は最初、沖田と出会った時そう思っていた。


でも、どんどんと彼を知るうち、

子供好きな面や、困っている人を放っておかない優しい一面も見えてくるようになった。


滅多に他人に弱みを見せる人ではないけれど。


千鶴は沖田のそんな見えにくい弱さが愛おしかった。



自分にだけ、さらけ出してくれるその弱さが。



一瞬のようで、とても長い間、互いの唇は触れ合っていたようにも思える。


唇を離し、千鶴が瞼を開けて沖田の顔を見つめたときには、

沖田の顔からは不安や悲しみは薄れていた。



「・・・ありがと、千鶴ちゃん」


それから、ごめん。


そう照れたように微笑む沖田に、千鶴は満面の笑みで返す。




「お湯、張ってきますね」



そう告げて、部屋を出て行きながら。









(完)
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