ちっぽけな僕らのでっかい青春記

□ふたつの光
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「何で」

「何でもだ」

「意味わからん」

「分からなくない」

「頑固者」

「お前もな」

「ちょっとクリス。これどうにかしてよ〜」


俺を姉弟喧嘩に巻き込むな。
そんな俺の心境を読んだかのように、沙耶は「わあ、面倒臭そう」と笑った。




「哲也が面倒臭い」

「沙耶が言うこと聞かない」

「だからあんたは私の母親か」

「双子の弟だ」

「も〜…」


主将の哲、マネージャーの沙耶。存在も実力も野球部の核と言っても良い2人は、今のように喧嘩をすると平素より若干幼くなる。
ただし、それを見せるのは同輩の前だけで後輩達は知らない姿。
そして…


「今回はどうしたんだ」

「哲也が上着を着ろって」

「上着?」

「肌寒いから風邪をひいたらいけないと思ってな」

「洗い物とかする時に袖があると邪魔なの」

「その度に脱げば良いだろう」

「面倒臭いよ」


この2人の喧嘩は、内容がほぼどうでも良い。
過去には、たい焼きの頭と尻尾どちらから食べるか、目玉焼きには醤油かソースかなどがあった。
ここまで来ると、同じ血を分け、同じ家で育っているのに、嗜好が違うのかと興味深くなる。


「大体、今日ジャージの上着持って来てないし」

「む。なら亮介に借りて来よう」

「いやいやいや、良いから、本当に」

「どうしてだ。俺のは大きいだろうが、亮介のなら大丈夫だろう」

「うん、哲也、それ亮介に言ったら引っ叩かれるよ」

「どうしてだ」

「クリス、パス」

「俺に丸投げするな」


如何なる時でも冷静沈着な主将と、笑いながらどしっと構えているマネージャー。
そんな2人のこんな言い合いを見たら、後輩達はどんな顔をするだろうか。
そう考えて思わず口元に浮かんだ笑みに、敏い沙耶が気付かないはずはなく、どうしたと首を傾げて見せた。


「いや、何でもない」

「何でもなく無さそうだけど、クリスは言わないと決めたら絶対に言わないからもう聞かない」


大事な事なら地の果てまで追い掛けてでも聞き出すけどね。
そう胸を張って言う沙耶の後ろでは哲が頷いている。
喧嘩はどうした、お前達。


『クリス!あんた肩どうしたの⁉︎』


沙耶のあんなに切羽詰まった大声を聞いたのは、2年の夏大会の直前のあの時だけだ。
戦列を離れると告げた時の、泣きそうな顔をしている沙耶の頭に手を乗せた哲の光景は今でも鮮明に覚えている。


「哲、沙耶。いい加減練習に戻らないと純がキレるぞ」

「もうそんな時間か」

「哲也のせいでミーティングにならなかった」

「お前だろう」

「哲也でしょ」

「沙耶だろう」

「お前達、いい加減にしないか」






ふたつの光

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