暇潰し
□暇潰し
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夜の神室町は怪しい。昼間の喧騒とは違う独特な雰囲気が漂っていた。派手なドレスを着飾るキャバ嬢、女を侍らせる厳つい男、頭の悪そうな浮ついた若者たち、それぞれがこの夜の神室町を楽しんでいる。
ピンク通りに一際派手な男が闊歩していた。特徴のあるテクノカットに、左目は蛇柄の眼帯で覆われ、下は黒のレザーパンツ、上はパイソン柄のジャケットに身を包んでいる。ジャケットの下は程よく割れた腹筋と鮮やかな刺青が見え隠れしていた。
彼の名は真島吾朗。東城会直系真島組組長。この神室町で知らない者はいないぐらい有名である。彼が街を歩けば道行く人々は自然と道をあける。わざわざ彼の目の前を歩く者がいたらそれは初めて神室町に来て羽目を外すような奴だろう。そんな奴はいつも引きずっているバットでタコ殴りの刑だ。
(つまらんのぉ…何かおもろいもん落ちとらんだろうか)
本日何度目かの欠伸をしながら真島は思った。いつも何かしら理由をつけては殴り合いをする桐生一馬という男が神室町から去ってしまい最近はとくにつまらない。しかし先日、25年間刑務所に入っていた兄弟分の冴島大河と久しぶりに出会い、言い訳無しの本当の殴り合いをしたのだ。未だにあの時のことを考えると身体の底から熱いものが這い上がってくる。真島は立ち止まり「くくくっ…」と怪しく笑った。思い出しながらうっとりしているとすぐ横の路地裏から何やら声が聞こえた。
「んんーー!んうー…!」
それは女が呻いているような声だった。何かで口を塞がれて無理矢理声を出しているかのような、それでいて官能的な女の声。真島は怪訝な顔をしながら声がする方へと足を向ける。声色で何と無く想像する、乱れた女の姿。まさか自分のテリトリーで強姦をするような野郎がいるのだろうか。それはいくら自分が狂っている人間だとしても許してはいけない行為だ。
真島の予想は的中する。
行き止まりの薄暗い路地裏、そこには男二人が華奢な女を今にも組み敷こうとしている光景が広がっていた。一人は薄気味悪い笑みを浮かべながら太い腕で細い女の両手の自由を奪っている。もう一人は女の両足を広げて黒いショーツを撫で上げていた。女は白い布を咥えさせられ、目からは大粒の涙を流している。これからされる行為に絶望を抱いた瞳で目の前の男を見つめていた。
真島は殆ど無意識で動いた。気配を消し、常人では気付かない程の速さで女の目の前にいる男に近づき、持っていたバットを男の脳天目掛けて振りかざす。ゴリッと鈍い音が響いた。
「なん…!くっ…!?!?」
女の両手を奪っていた男が反応すると同時に、その顔面にバットが食い込んだ。男はズシャーっとその場に倒れ込む。女は突然起きた事に目を白黒させた。受け身を取れず背中が地面に叩きつけられた。その衝撃で口に咥えていた白い布をポトリと落とす。
「お前ら…ここで何してたか言ってみぃや」
「ひぃ…!!!」
脳天に喰らった男は意識が無いため顔にお見舞いしてやった男にバットで頬を突きながら見下げた。男は涎を垂らしながら引き攣った顔で真島を見上げる。その身体は一目で震えているのが分かる。
「す……すみませんでしたァァァ!!!」
言い終わる前に男はその場から全力疾走で逃げて行った。仲間の男を残して。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
真島は振り返り、震える女の様子を伺うように腰を落とした。女は真島の言葉が聞こえていないのか歯ぎしりをしながら両手で自身の身体を抱きしめている。
(あかん…参ったなぁ…)
困った。どうするものかとため息をついた。別に放って置いても良かったのだがついつい声をかけてしまった。否、強姦されそうだった女を放置する程人間腐っちゃいない。
ふと、女の身体に目線を向けた。着ていたであろう服は原形をとどめていないほどに引き裂かれていた。彼女はこのままじゃ帰るにも帰れないだろう。お人好しかもしれないがもう一度声をかけて返事がないなら数万握らせるつもりだ。破れた服の足しにでもすれば良い。自分のテリトリーであるこの神室町で面倒事は御免だ。
「ぐすっ……はっ…はっ…」
女から聞こえる声が妙なものに変わった。それはまるで短距離を走った後の息切れのような。女は目を見開き胸を押さえる。
「お、おい…どうしたんや?」
真島は肩を掴んで揺さぶってみたが苦渋な表情は変わらず女は頭を横に振った。非常事態だと思考を巡らせた時「柄本医院」という単語が浮かんだ。
「姉ちゃん、ちょっとばかし辛抱してや」
未だに胸を押さえて苦しそうに息をする女の背中に左手を添え、折り曲げられた膝裏に右手を入れて立ち上がった。所謂お嬢様だっこというやつだ。女
の顔が月明かりに照らされた。目を瞑って眉間に皺を寄せている。その顔色に思わず上擦った声を漏らした。
(なんやこの顔色の悪さは…まずいやろ…!)
真島は泰平通り西にある柄本医院へと足早へ向かった。