-short story-

□MOTEL
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辿り着いたのは、小さくて硬い安物のベッドだった。


美しくもなんともない陳腐な音楽が部屋に流れている。その合間にエアコンと冷蔵庫のモーター音が混ざり混んでいる。


決して居心地の良い場所では無かった。レジ袋の中から一本のミネラルウォーターを取り出して喉を潤すと、無機質な感覚が口内から全身へと広がっていき、妙に不快になった。


それでも、私はベッドに腰掛けていた。


隣から聞こえるのは微かな寝息。
その寝顔を見詰めると、今度は酷く心が痛むのが分かった。


時計の針は間もなく午前0時を指そうとしている。今日という日が消えていき、そして二度と戻らない。




「ゆい…」




私はその少女の名を口にした。いや、正確にはもう少女ではないのかもしれないが、私にとってゆいはやはり少女のままだった。


思えば、私がAKBをやめてからどれだけの時が流れたのだろう。私の後ろでよく泣いていたゆいは、今では「総監督」と呼ばれる存在に成長していた。


私にとってゆいは永遠の少女だ。頑張り屋さんですぐに涙を見せる純粋な少女だ。それでも世間の人はもう今のゆいをそう見てはくれないだろう。メンバーでさえもそれは同じことだろう。


私はほんの少し、「総監督」という十字架をゆいに背負わせたたかみなを憎んだ。



「ゆい…」




もう一度、名前を呼んだ。
今度は幾分かしっかりと。


眠っているゆいの髪の毛をそっと整えてやる。その安らかな寝顔にはやはりまだ少女の面影が漂っていた。


ゆい…私は怖いんだよ。
ゆいが少女で無くなってしまうことがたまらなく怖いんだ。


十字架を背負わされたゆいは、これから覚えなくてもいいことを覚えなければいけないし、しなくてもいいことをしなくちゃならないんだ。


それがたとえ汚れるということでも…




「…ゆい……」




何度名前を呼んでも、決心は着きそうになかった。純粋なゆいは私がこの場所を選んだ理由なんて気にしてもいないだろうけど、私はゆいに汚れることを教える為にこの場所を選んだんだ。


いつか知らなければいけないのならば、いつか教えられてしまうことならば、それならば、私がゆいに教えてあげたかった。たとえそれが私のエゴだとしても…




「…ゆい……」


「…ん…ゆうこ…さん…?」




ゆいがふと、目を覚ました。
そしてそのとき私は決心した。




「…ゆい……ゆい……」


「………」




私はゆいに覆い被さり、そしてその唇を奪った。不思議なことにゆいはそれほど驚いた様子は無く、また否定も肯定もしなかった。




「…教えてあげたかった。愛について…」


「…愛…?」


「ゆい…ホント可愛いな。大好きだ。」




ひどく、嫌悪感を抱いた。
決して嘘を言ったつもりはない。
だけど、何故か自分がとても卑怯な奴に成り下がった気がして、何だか泣き叫びたくなった。




「…ゆうこさん…泣かんといて…」


「…!!」




ゆいはそっと私にキスを返した。




「…私も…ゆうこさん好きです。…こんな私やけど…愛してくれはりますか…?」




そう言ってゆいは少しだけ微笑った。
返事の代わりに私はもう一度ゆいにキスをした。
そうじゃない、そうじゃないんだ、と自分に言い聞かせながら、今度こそ私は泣いた。


本当は…ただ愛を教えたかった。




















(そして、私は大切な何かを壊してしまった。薄汚いモーテルが私を笑っていた。)

















-END-

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