ダイヤのA短編
□リナリア
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「***ちゃーん」
「御幸、どうしたの?」
「古文の教科書かーして」
語尾にハートがつくんじゃないかという口調で、教室と廊下を繋ぐ窓から顔を出したのは御幸一也という男。
「また?…君忘れすぎだよ」
「はっはっは!ごめんね、毎度毎度。お礼に今度デートでもどう?」
「なに言ってんの。ほら、戻らないとチャイム鳴るよ」
「はーい。じゃ、ありがとな ***」
「うん」
ここ最近、御幸は毎日何かしらを借りに私の教室にくる。そもそも寮生活なのだから、最悪取りに帰ればいいのに。
「ちょっと***、あんた御幸くんとどういう関係なの!」
「普通に友達だけど」
「ただの普通の "女" 友達に、わざわざ毎日借りに来ないでしょ!」
「借りに来るでしょ、忘れてるんだから」
「ええ〜 …そうかなぁ」
「そうなの。」
御幸はただでさえ目立つし、果てしなくおモテになる。そんな彼が毎日わたしなんぞを訪ねてきてたら、誰だって不思議だと思う。
私も不思議だもん。
一年生の時にクラスが同じで、女子とあまり話さない…というよりも、人とあまり話さない御幸にしては、私は仲が良かった方だと思うけど。
「じゃあさ、紹介してくれない?」
「え」
「御幸くん、紹介してほしいなーなんて」
紹介とは、なんぞ。
御幸も面倒くさがりそうだし断ろうと思ったが、お願いっと言う友人の頼みごとを断ることなんて私にはできない。
「じゃあ、教科書返しに来た時に紹介するね」
「やったー!ありがと***、恩にきる!」
紹介したところで、御幸は忙しそうだし、女の子にマメなタイプでもないと思うからいい方向には進まないと思うけど。
「***ー、教科書ありがとな!」
「うん。ね、御幸」
「ん?」
「この子、私の友達のゆりちゃん」
「どうも、ゆりでーす!」
「……ども」
いきなりすぎたかな。唐突に紹介された女の子に、御幸はとてつもなく真顔になった。
私が彼女を紹介している時も、御幸からのじとっとした視線を感じていたが、私は気づかないフリをして話を進めた。
しかしその後案外あっさりと2人は連絡先を交換し、ゆりちゃんはお手洗いに行ってくると言って私たちのそばを離れた。
「御幸って女の子に連絡先教えるんだ」
「***も知ってんじゃん」
「……そうだけど。」
「……なに、やいてんの?」
……焼く?なにを?
という考えが出るほど私はうぶじゃない。
ニヤニヤしながら言う御幸に少しやりづらくて、やいてないし、なんて可愛げなく言ってしまった。
「なーんだ。ちょっと期待しちゃった」
そこからの展開は早かった。
その日の夜、ゆりちゃんは御幸と連絡を取り合ったみたいで、とても嬉しそうで。
そして連日、未だにお昼休みに御幸は教科書を借りに来ると思ったら、私じゃなくてゆりちゃんを呼んだ。
たまたま通りがかった時だって、3人で話しても御幸はゆりちゃんにばかり話を振る。
全くと言っていいほどにこちらを見てくれず、まるで私は蚊帳の外。
ナンダコレ。
「ああああああ…」
放課後の教室。私は帰る気になれなくて、机で1人項垂れていた。
何に対していらいらしていて、不安で、悲しくて寂しいのか、わからない。
別に不便なことなんて何もないし。
ただ、あの2人が仲が良くなっただけ。うん、いいことではないか。
窓の外から部活動に励む生徒たちの声が聞こえ、そこからは野球部の姿も見える。
(御幸……どこだろ)
いつもゴーグルみたいなのしてるよなぁ、なんて考えながら探していて、だんだん悲しくなってきた。
ほぼ毎日会えて、会話をして。
それが本当は毎日楽しみになっていたんだと、今になって気づく。
今となってはそれが1番に向けてはもらえない。
いや、今までも別に1番じゃなかったし、特別でもなかったのかもしれないけど。
我ながら子供だなって思うようなことを考えてしまっている。
御幸……。顔を思い出して、声を思い出して、それだけでとても切ない。…よくわからない。
この前まで、御幸はただの御幸だったのに、なんでこんなこと考えてるんだろ。
私はまた、机に顔を伏せた。
「こんな時間に何やってんの」
ガタンッ!
声に驚いて、勢いよく立ち上がってしまった。
「みゆ…き、」
一気に頭が覚醒していくのがわかった。
視界に映る掛け時計は19時を指している。
「寝ちゃってた…」
「だろうな。もう暗くなってくるし、気をつけて帰れよ」
そう言って背中を向けた御幸は手にノートらしき物を持っていて、あぁ、それを取りに来たんだなぁってどこか冷静な自分がいて。
それにしても冷たすぎるんじゃないかって思う自分もいて。
「待って!」
気がつけば向けられた背中に投げかけていた。
振り向いて欲しくて、背中を向けて欲しくなくて。
なんでもいいから、私を見て。
「……なに」
「………や、だ」
「は?」
「ゆりちゃんと仲良くするの、すごく……すごく、やだ」
言うつもりは無かったのに、口を突いて出る言葉が止まらない。自覚をしてしまったら言わずにはいられなかった。
想いを、止められない。最低
私、いますごく悪い子だ。
「御幸がゆりちゃんに教科書借りにくるのも、ゆりちゃんのこと見て話すのも、」
「……」
「どうして……なんで、って、思い、ます」
話していて段々と、自分の自己中さに恥ずかしくなってきた。自分でしたことなのに、原因は全て自分にあるのに、何を言ってるんだろう。
私はこんなにもくしゃくしゃなのに、御幸はポーカーフェイスだし、もう本当にやだ…
「わけわかんなくて、……最低で、ごめん」
「………はぁー」
御幸は頭を抱えて座り込んだ。
呆れられた。苦しい、悲しい、嫌われたかもしれない。それでもいいからこっちを向いて欲しいと思ったはずなのに、今更に後悔が押し寄せてくる。
「みゆき、」
「……好きな子に友達紹介される俺の気持ち、わかる?」
「……え、」
「すっげーショックだった」
ちょっと怒った顔で御幸が言う。
どういう、こと。
「毎日毎日、俺が忘れ物なんてするわけないじゃん」
「……わざと」
「うん。だって会いたかったし」
「……嘘」
「本当だし」
嘘だ。嘘だ。
「***に会いに来てた」
「ウソだ」
「はは、信じねぇな」
「だってそれ……私、ますます最低じゃん」
「はっはっは!最高だな!」
ゆりちゃんにあわす顔がないと項垂れる私に、大丈夫、俺がいる。なんて言う御幸が、なんかかっこよく見えた。
「もう堂々と会いに行くから」
御幸から発せられたその言葉は、何よりも嬉しくて、けど心の中では嬉しさよりも、ゆりちゃんに何て言おうかという不安の方が大きかったのは秘密だ。