ダイヤのA短編
□雨
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「何やってんの?」
「雨だ」
「……雨だな」
「……」
「………傘」
「え!」
「えっ………なんだよ、まだ何も言ってねぇよ」
「ごめんごめん、つい条件反射で」
「……か」
「え!?」
「……なんだよ」
「いや、なんでもない」
授業も終わり、着替えていの一番に部活へ行ったはいいものの、教室に忘れ物をしたことに気づいた俺は校舎へと足を引き返した。
その時、下足で※※※とすれ違って「気をつけて帰れよ」「おっすー」というやりとりがあった筈なのだが、下足へ戻ってくると未だに※※※の姿が。
誰がどう見ても分かる通り、どうやら傘を忘れたようだ。
「なるかみの、すこしとよみて、さしくもり…」
「は?」
「あめもふらぬか、きみをとどめん」
「……なんて?」
未だに降り続く雨景色を眺めながら、いきなり喋りだした※※※。なんて言った、なるかみの?
「私の好きな短歌だよ」
「短歌って古文の?」
「そー」
「……お前が暗記するほど短歌を好きだったなんて知らなかったわ」
いつも授業中は寝てるか落書きをしているか、妄想をしてるのかニヤけているあの※※※が、古文が好きだったなんて驚きだ。
「映画で紹介されてて、良い詩だなって、思って」
「……なるほどな」
「なるかみの、すこしとよみて、ふらずとも…」
「続くのか」
「われはとまらん、いもしとどめば」
先程とはまた違う短歌を詠み始めた※※※。
正直どうつっこんでいいのかわからない。
「これはね、雨が降ったら、きみはここに留まってくれるだろうか。そういう歌に対して、雨なんか降らなくてもここにいるよって答えてる。」
「へぇ」
「って、これもセリフで言ってたから、そのまま覚えてただけなんだけどね」
「……」
※※※は、俺にここにいて欲しいのだろうか。遠回しにそう伝えているのだろうか。
だってじゃないとそんなこと普通言わなくない?こんなタイミング、状況で。
「※※※…」
「御幸」
「ん?」
名前を呼ぶとともに、ゆっくりと体をこちらに向けてきた※※※。
雨の音も、既に始まっているのであろう部活に励む生徒の声も、すごく遠くに聞こえる。
「あのね……」
曇り空とこのわけのわからない空気のせいで、いつものふざけ倒している時よりも、しっとりして見える※※※。バカのくせにいきなり短歌なんか読み出すからだ。
※※※のよく通る声に、自分がすごく集中しているのがわかる。なんだ、そんな表情もできるんだな。別に、今更意識する必要なんてないけど、
「※※※、」
「……傘貸して」
「……は?」
これだけ雰囲気を出して緊張感を俺に与えたくせに、結局はここに落ち着いたこいつをいつも以上に殴りたくなった。いっぺんくたばれ。