【イケメン戦国】時をかける恋
□【上杉謙信】繋がれた手
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私は安土に偵察にきていた謙信様と、久々の逢瀬を楽しんでいた。
心が通じ合った謙信様のためにこっそり仕立てた袴………。
謙信様は一瞬驚いた顔をなさっていたけれど、微笑みながらそれを受け取ってくれた。
「ついて来い、俺がお前の着物を見立ててやろう。」
「え、お礼なんていいですよ?私が勝手にしたことですし………」
「好きな女を甘やかすのが、なぜ悪い。行くぞ。」
「は、はい…///」
謙信様に差し出された手を取り、指を絡めて歩き出す。
謙信様は、私が織田陣営に属することをまだ知らない。
こんなところを城の誰か見られたら、織田陣営の人間と知られたら、この手は離れてしまうのだろうかーーー。
ふとよぎった不安と罪悪感をかき消して、謙信様と一瞬に呉服屋へと向かった。
▶▶▶
「いらっしゃいませ!これはまあ素敵なお武家様で…お連れのお嬢様もさすがお美しい!やっと入荷した最近流行りのお品などお似合いかと……」
安土の町外れにひっそり佇む呉服屋へ入ると、店の主人が揉み手をしながら、最近の流行りだという着物を持ってきた。
「そのような色合いは 涼莉 には似合わん。店にある質の良い着物と帯、全て見せてもらおう。」
謙信様が眉を寄せると、店主は「ご自由にご覧下さいませ」と、店の棚から高価そうな着物や帯を次々と持って来させる。
「涼莉、おまえはどの着物が好きなのだ?」
「ありがとうございます。…あっ!この着物はどうでしょうか?あ、これも……!」
手に取った何枚かの着物を、自分に当ててみせると、謙信様は目を細めながら微笑む。
「……ああ、全てがよく似合っているな。」
「謙信様はどの着物がいいと思いますか?」
「全てが似合っていると言ったであろう。おい、店主、これを全てくれ。」
「ちょ、謙信様っ!こんなに高価な着物、こんなにたくさん着切れませんよっ!1枚で十分です!」
「たった1枚で良いのか?似合っているものは全て買ってやりたいが。」
「1枚で十分すぎます!だから……」
「何だ?」
「あの…謙信様に選んでいただきたいなって。」
「そうか………」
謙信様が穏やかな表情で私を見つめ、
「おまえらしいな……」
そう言って微笑む。
「それならば、これが良い。淡い色がよく似合っている。帯はこの刺繍の入ったものはどうだ?」
「はい!とても素敵です!…でも、こんなに豪華な物を買っていただいていいんでしょうか?」
「おまえに似合っていれば構わん。」
謙信様はさっさとお勘定を済ませ、包みを小脇に抱えると、当たり前のように私の手を取り、店を出てスタスタと歩いていく。
「あの、ありがとうございます……」
「礼はいらん。俺が買いたくて買っただけだ。」
穏やかな優しい眼差しで私を見る謙信様に、罪の意識で胸が痛む。
私が安土城に住み、謙信様と敵対する信長様のお世話になっていることは事実で。
そして、織田陣営の人間であることは事実で。
戦とは無縁な安土の町娘………謙信様に嘘をついていることに他ならないーーー。
「あの……謙信様………?」
「何だ?」
ふいに立ち止まった私を見て、謙信様は怪訝そうな表情を見せる。
「わ、私……本当は………」
繋がれた手。
この手が離れて行きそうで怖い。
「私………」
うつむく私に、謙信様が沈黙を落とす。
「………。」
長い沈黙のあと、先に沈黙を破ったのは謙信様だった。
「もう良い………。行くぞ。」
私は、何も言えないまま、何も考えられないまま、謙信様に手を引かれて、ただただ歩いたーーー。
▶▶▶
謙信様に連れて来られたのは、一軒の甘味処だった。
「歩いて疲れたであろう。好きなものを頼め。」
「ありがとう、ございます………」
私が言おうとしたこと、そのあとの沈黙のこと、謙信様は何も聞かない。
まるで忘れているかのようにも見える。
でも、私は言わなければならない。事実をーーー。
「涼莉………もう良いと言ったであろう。」
注文を終えた謙信様が、うつむく私の顔を覗き込む。
このお方は敢えて聞こうとしないのだろう。
私の気持ちを汲んでーーー。
そんな謙信様の優しさに、ふと涙がこぼれ落ちる。
「このようなところで泣くな……。」
謙信様の手が、私の髪を撫で、そして唇が私の頬の涙を掬う。
ただ無言で髪を撫で、頬に唇を添わせる。
私の涙が止まるまで。
そしてーーー。
「涼莉、愛している。」
柔らかく微笑んだ謙信様は一瞬空を見上げ、
「…例え敵陣の女であってもな……。」
それはまるで、独り言のような微かな呟きだった。
▶ 完 ◀