1Q84

□Little Lion Heart
1ページ/1ページ

僕はいったいどうしたというんだ。
彼女の黒い大きな、吸い込まれるような瞳。真っ直ぐな髪。ほっそりとした手足。
すべてが僕を激しく揺さぶる。
ふかえり。彼女は僕の生活を、激しく乱した。
『空気さなぎ』を書き終えて、僕は決心したはずだ。もう、彼女とは関わらないと。なのに。
連絡が来ない、それだけで。僕はそわそわと落ち着かなくなった。電話が鳴って、どうせ小松さんだと思いつつも、ふかえりからであって欲しいと願うこころがある。
出て、やっぱり小松さんからだって、落胆する。
小松さんは、「それは恋しかないだろう」なんて笑っているけど、僕にとってはかなり重要なことだ。
なにせ、相手は17歳の美人な女子高生。比べて僕は熊のような、30歳数学講師。美女と野獣にも程がある。
僕は自分のルックスに関して、あまり自信がない。
取り立てて悪いとは言わないが、ふかえり程の美少女と付き合うだの、惚れた腫れただのと出来るような男ではないと思っている。
だから彼女のことを、僕は極力考えないようにしたのだが。
誠に残念なことに、脳はそう簡単に動いちゃくれない。
僕は日がな一日、ふかえりからの連絡を待っていた。
失踪したふかえりが、僕になら連絡をくれるという確信はない。なにせ戎野先生にさえ、連絡を入れていないという事実がある。
ところが。
小松さんと電話をしたあと、適当に本を読んで寝ようと思って本棚の前に立ったときだった。電話のベルが鳴り響く。
小松さんがなにか言い忘れでもあったのか?いや、そんなことはないだろう、では誰だ?
出てみると
「天吾サン」
ふかえりだ。
久方振りのふかえりの声は、僕の耳朶を激しくゆずぶった。
相変わらず、綺麗な声をしている。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ