SAO

□学園祭のキリコ様
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北セントリア帝立修剣学院にも、学園祭はありまして。
この雨がじとじとした、クソ暑い時期にわざわざやるのであります。
「あー……準備かったりー」
とか俺こと不良学生キリトが教室に持っていくはずの木材を置いて、サボっていたら。
「もう、キリトはいつもかったるいんでしょ?ほら、早く終わらせる!」
と、真面目の模範囚ユージオが木材を肩に担いで空いている手で俺の頭を叩いた。
「……ユージオくん、オジサンがジュースを買ってやろう」
「サボれってことだね?まったく……」
さすが相棒、俺の言わんとしていることをよくわかっていらっしゃる。
と、そんなわけで数枚の小銭を代償に、俺たちは自主休憩をとることになった。
「そういえばさぁ」
と飲みかけのお茶の瓶を弄びながら、ユージオが尋ねた。
「うちのクラスはなにをするんだっけ?」
「さぁ……確か、喫茶店?だったんじゃないか?」
と、コーラっぽい炭酸飲料を飲み干した俺は、曖昧な情報を流す。
実のところ、ホームルームをサボった俺に付き合ったユージオは、俺と同じくクラスの出し物を知らない。
で、まぁクラス委員がお冠なので、こうして重労働をさせられてこき使われている。
「まぁ、戻ればわかることだよね」
とお茶を干して立ち上がるユージオを見上げる俺は
「うえー、もう行くのかよ……」
とすっかり根が張っていた。
どうにかこうにか引っこ抜いて立ち上がり、ユージオに背中を押されて教室まで戻った俺を待っていたのは……。
「遅かったわね、問題児コンビ!!」
クラス委員のマリアだ。なにかと俺たちに突っかかってくる。正直、反りが合わないと俺は思っている。
「……俺たちを働かせすぎなんだよ」
ごく控えめに文句を言うと、マリアはこれでもかと言うほど迫ってきた。
「あなたたちがホームルームをサボって、参加しなかったからです!もうちょっと協力的な態度を示してくれてもいいんじゃないかしら?キリトくん」
その眼差しは、どこか現実世界にいる恋人の明日奈に似ているから、どうしても強く返せない。
「わーかったよ、スミマセン。これからは協力します!」
「ふふん、よろしい。それじゃあ早速だけど、試着してもらえる?」
「試着?」
なんの、と尋ねる前に、それは現れた。
………黒と白のエプロンドレス。
まぁ、メイド服。
ぶっちゃけメイド服。
しかもミニ丈。
「ふざけてんのか!?」
「ふざけてないわよ」
「……僕の分もあったりする……のかな……?」
そーだそーだ、ユージオにもあるんだろ!?俺だけじゃないはずだ。サボったのは俺だけじゃない。……サボらせたのは俺だけど。
するとマリアはあっさり答えた。
「これはキリトへのバツだから。ユージオはこっち」
と言って、立派な執事服を寄越した。
「あ、ずるーっ!なんで俺は女装で、ユージオだけ普通なんだよ!」
「バツって言いました!はい、着替えて着替えて!」
と言われてしぶしぶ着替えてきた。
「可愛いじゃない!似合うわよ、キリト」
「キリトかわいー!」
「彼女にしてぇ……」
おい誰だ、空恐ろしいこと呟いたヤツ。
「あ……か……」
ん、変な声が隣から聴こえた。
首を傾けると、そこには執事服姿のユージオがいた。
「顔赤いぞ、ユージオ。どうかしたのか?」
「!!」
ユージオの顔を覗き込むと、その白い肌は薄ピンクから真っ赤になった。
それから着替えて、部屋に戻ってからも、ユージオはどこかぼんやりとしていた。
夜中。
ギシ、という物音で目が覚めた俺は、ベッドから降りて物音の方を探った。洗面所だ。
「ユージオ……?」
ベッドにはいなかった彼が、そこにいた。
「ご、ごめんキリト……起こしちゃったね……」
「いや、別にいいんだけど……どうしたんだよ?昼間からおかしいぞ」
おどおどしているというか、俺と関わることを避けているようだった。
「なにか困ってることがあるのか?俺に出来ることなら、なんでもするぞ」
相棒のためなら、なんだってする。それでユージオが救われるのなら。
「じゃあキリト……」
「うん」
もじもじとして、切り出すユージオ。
「女装してくれないかな……?」
「うんなんで!?」
俺の女装を見てなにが楽しい?わけがわからないぞユージオ。
「なんでもしてくれるって言ったろ?」
「う……」
その通りですが。
と、押し切られて先ほどのメイド服に着替えてきた。
「……これでいいのか、ユージオ……?」
スカートは足がスースーして落ち着かない。しかもこれ短いし。
「か……」
「か?」
途端、がばぁっと抱きつかれて二人揃って床に倒れ込み、俺はしこたま頭をぶつけた。
「かわいい……キリト……かわいいよ……」
「お、おう……ありがと……?」
「でもね、だからこそなんだけど」
と、突然真剣な眼差しで語り始めたユージオ。
「僕の前以外でこんな格好しないでね」
「?なんで?」
訳がわからない俺の今の顔は、ユージオからしたらきっとアホみたいに映っているだろう。
ユージオは深くため息を吐いて、俺の肩に両手を置いた。
「あのね、キリト。わかってる?」
「わかってない!」
というかなにが、といったところか。
ユージオはまたため息を吐く。
そんなにため息ばっかりしてると、幸せが逃げていくぞ!
「なんでわかんないかな……こんなにかわいいこと……」
「なにか言った?」
ボソボソ言ってて聴こえなかった。
するとユージオは俺を抱きしめて、
「なんでもないっ!……しばらく、こうしてていい?」
「なんだよ、気持ち悪いな……」
俺は女装したまま、しばらくユージオの熱を感じていた。

翌日の学園祭は、朝から大わらわだった。
人の波、列、注文の嵐、ついでに嫌がらせのようなナンパ。とにかくお店を経営するということは、これ以上に大変なことなんだなと痛感した。種類は違えど、リズはよくやっていたものだ。感心感心。
と感慨に耽っていると。
「なんだ、ずいぶんと可愛いじゃないか。キリト」
卒業生で俺に稽古をつけてくれた、ソルティリーナ先輩が遊びに来てくれた。先輩とは卒業以来だから、半年ぶりか。整合騎士となったら会えなくなっていたところなのだが、こうして会えるとは、素直に嬉しい。先輩としてはきっと複雑な気持ちだから、こんなことは絶対に言わないけれど。
「うわぁソルティリーナ先輩、来てくださったんですか?」
とユージオが素直に喜んでいると、ソルティリーナ先輩も笑顔で応える。
「久しぶりだな、ユージオ。ゴルゴロッソも行きたがっていたのだが、仕事で行けないと嘆いていたよ」
「それは残念です。今度遊びに行こうかな……」
「それは喜ぶぞ」
「先輩、なにか食べますか?」
と俺が問うと、ソルティリーナ先輩はいたずらっぽい瞳で答えた。
「キリトの奢りか?なんでも食べるぞ」
「それは勘弁してください!!まじで」
ソルティリーナ先輩は、細身の割によく食べる。先輩が本気になれば、俺が破産させられると思う。
先輩はふっ、と思わずと言った様子で噴き出して、
「冗談だ。可愛い後輩に奢ってもらうのも嬉しいが、生憎自分で出すくらいには稼いでる」
俺は見た通りにホッとして、ソルティリーナ先輩の注文を書き留めた。
「ユージオ」
とソルティリーナはユージオだけ呼び止めて、二人がなにやら話し込んでいる間に、俺は厨房に向かった。
厨房のマリアは、忙しさにイライラしていて、
「さっさと持っていきなさい、この女装野郎!」
という罵声を頂戴した。
うん、俺をその女装野郎にしたのは誰だろうね。
ぶつくさ文句を呟きつつ、俺は先輩が注文したパスタとドリンク、デザートを配膳した。
「……?ユージオ、先輩となにを話したんだ?」
なんか、ユージオと先輩の雰囲気がさっきと違うような……。
というか先輩、少しニヤニヤしているような。
「なんでもないっっ!キリト、仕事に戻るよ!」
と急ぎ足で厨房へと向かうユージオ。
訳がわからず、先輩に目配せすると、先輩はガッツポーズにウインクひとつ。
ますます訳がわからない。
「なー、どうしたんだ?先輩となにかあったのか?」
早足のユージオを必死に追いかけて、なんとか燕尾服のテールを捕まえた。
「ユージオ?」
「…………っ」
唐突に。
ユージオが振り返った。
その顔は、トマトのように真っ赤で、まとう雰囲気は苺のような甘酸っぱさを感じる。
「……キリト」
「なんだよ……真剣そうな声で」
その瞳と声は、驚くほど真剣で、俺は息を呑んだ。
なんだろう……まるで、なにか重大なことを告白するみたいだ。いつもみたいに、茶化すことが出来ないまま、俺たちは向き合った。
体感では一分くらい、いや、もっとかかった気がする。ユージオが口を開いた。
「先輩が……僕に言ったんだ……『君は本当に、キリトが大事なんだね』って」
それは、俺もわかる。
俺だってユージオのことが大事だし、ユージオが俺を大切にしてくれてるのは、肌で感じている。
黙ったままの俺に、ユージオは続けた。
「キリトは……僕のこと、どう思ってる……?」
「そんなこと、言わなきゃわからなかったか?」
自分でもビックリするほど、俺はユージオのことを「大事にしている」感が出ていると思っていたのだが。
「わからないよ!!」
ユージオには、その空気が伝わっていないみたいだ。
だから俺は、ちゃんと伝えることに決めた。
「はいはい、俺はユージオのことを大切にしていますよ。大事な相棒!これが本し……!」
ユージオの青い瞳が揺れて、一瞬どこに行ったのかわからなくなった。
気がついたら唇に柔らかな感触が広がって、熱を感じた。鼻腔をくすぐる、同じシャンプーのミント系の香り。
「ふ……っ」
互いの口から漏れる甘く激しい吐息、さら、とぶつかる金と黒の髪。学園祭の喧騒が、どこか遠くに聴こえる。
じとっとした梅雨の風が、やけに爽やかに感じるほど、俺たちは熱を帯びていた。
唇が離れた時、ぶつかる視線は、しかしどこに向けていいのかわからない。とにかく俺の中に現れた感情は、疑問だらけだった。
どうして、ユージオはこんなことをした?
ユージオの悩みってなに?
ソルティリーナ先輩との話って、こういうこと?
なにから尋ねていいのか、なにから尋ねればいいのかが、見当もつかない。頭がクラッシュしそうだ。
「いくら鈍いキリトでも……わかったよね……?」
なにが。
いや、ユージオの言う通り、わかってしまった。
ユージオの瞳は、前髪に隠れてわからない。
ただ、白い頬は、苺のように真っ赤だということ。声が掠れているということ。そこから想像するに、緊張と不安、迷いがあることは、どんなに鈍麻な俺でもわかった。
そして、同時に知ってしまった。
ユージオは、俺に恋をしているんだと。
「なんで……」
ユージオはアリスのことが好きじゃなかったのか。
そうだと思っていたから、俺はユージオを引っ張って、あるいは引っ張られてきたんだと。そう信じていたのに。
「ごめん」
ユージオは、ぽつりと謝った。
その謝罪は、一体なに。
裏切りへの思いからか、突然キスをしたことに対する罪からか。
俺はユージオの胸を両の拳で叩いて、ユージオの顔を覗いて激高した。
「わかんない……それだけじゃわかんない!ユージオはなに、悪いと思ってんなら、ちゃんと言えばいいじゃん!」
「なにを……」
「まだちゃんと言ってないだろ!?好きって……まだ聴いてない!!」
するとずっと下を向いていたユージオの顔と、ようやっと向き合った。
「言えるわけないだろ……言ったところで、断るに決まってる!」
「言ってくれなきゃ、うんもやだも言えないだろバカ!!!」
ユージオは自棄になったように、叫んだ。
「じゃあキリトは僕を受け入れてくれるの!?」
「やだ!!!」
ずーん……というSEが似合うほど、ユージオの顔は青ざめて、ひどく落ち込んだようだった。
「あ……えーと……」
言い方を間違えたようだ。
どう言えばよかったのか。考えながら、なるべく優しく、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「俺はその……考えたこともなかったんだ。ユージオが、そういう相手になるなんて」
しゃがみこんで、項垂れたユージオの頭が、軽く浮いた。
俺はユージオが聴いている、という前提で、話を続ける。
「俺には好きな人が……あ、い、いたかもしれないし、いないかもしれない。いたとしたら、もしかしたら恋人になっているかもしれない。だからその人を悲しませたくない。だから」
ユージオの背中にゆっくり腰をかけて、自分の素直な気持ちと向き合う。
「俺の気持ちが追いつくまで……待ってて」
「……うん」
その日の天気は晴れだと新聞に書いてあったけれど、俺の微妙な恋心を表したかのように、お天気雨が降ってきた。

終わり。

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