SAO

□code:QED
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僕はどうやら、病気にかかったらしい。
「恋の病」、とかロマンチックで普遍的なことは言いたくないが、つまりはそういうことなのだろう。
僕は彼に恋をしている。
馬鹿な、彼はまだ子供だ。
対して僕はいい歳をした……まぁオジサンで。それなりに大人の恋を経験している。それに彼には可愛い彼女がいる。悔しいくらい、可愛い彼女。僕がもらいたいくらいだよ。
と脱線したけれど。
要するに僕は恋をしているのだろう。
食事も仕事も手につかない……とまではいかないけれど、少なくとも熱を帯びているこの気持ちは、そろそろこの小さな器には収まりきらなくなってきている。
そのとき、神の采配か。
後に「死銃事件」と呼ばれる、あの騒ぎが起きた。
僕は彼に連絡をつけて、銀座に呼び出しそして。
再び、彼と繋がるようになった。

「死銃事件」が終息の光を見せたこの日。
僕は新宿に予約していたホテルの一室にいた。傍らのベッドには彼……キリトこと桐ケ谷和人くんがいる。
桐ケ谷くんの携帯電話が、バイブレーションで必死に着信を知らせている。
間接照明の薄暗い部屋の中で、携帯電話の画面が光っている。
「おい、菊岡サン。そろそろ帰してくれない?たぶん母さんが電話してる」
「やだ、と言ったらどーする?」
「これまでの俺に対する行為全てをマスコミに垂れ流し、未成年者略取の疑いで書類送検」
「怖いな……君なら本当にやりそうだ」
とか軽口を叩きながら、僕は裸でベッドから抜け出さないキリトくんに代わって、机に置かれた携帯電話を取って渡す。
彼が電話に出ている間、僕は散らかった服を手に取って、下着とシャツ、スーツを羽織った。
電話が終わった頃に、
「下のレストランで、ご飯でも食べよう」
と声をかけると、キリトくんは
「ん」
とだけ言って、もそもそと着替え始めた。
キリトくんが着替え終わって、僕たちは連れ立ってエレベーターに乗り込んだ。
会話はない。僕たちはそういうドライな関係だ。
することはして、ご飯とデザートを食べて、駐車場まで送るだけ。
それを淋しいと思ったことはなくはないが、かといって、なにか話そうと思えば、あぁいった軽口の応酬くらいだろうか。
まぁ、仲が悪いわけではないと思っているので、よしとしよう。
キリトくんは遠慮なしに、子羊の和風ソースソテーとバーニャカウダのスティックサラダ、かぼちゃのポタージュスープ、ライス、天然酵母のフォカッチャ、ホットコーヒーとフランボワーズのミルフィーユを頼み、ムスッと腕を組む。
僕は控えめに、ゴボウのポタージュスープとイギリスパン、ホットココアとチョコババロアを頼み、向かい側のキリトくんを見つめる。
「本当にお疲れ様、キリトくん」
「思ってるなら、呼び出すな」
「機嫌が悪いね……いつものことか。君はした後は必ず」
「レストランでそーゆーことを言うな!」
おや、怒られた。
まぁいつものことだ。なにも彼は本気で怒っているわけではない。
僕はお冷を口に含んで、ゆったりと笑った。するとキリトくんは
「なんだその笑いは。気色悪い」
「ひどいな……精一杯の微笑みを」
「ここで微笑んだところで、飯食ったら帰るからな?」
「つれないな……もう一回くらい、付き合ってくれてもいいだろ?」
「疲れた帰る」
車で送ってあげたいと思うが、彼は愛用のバイクで来ている。駐車場代がかさむので、仕方ない。
僕は追加で、レッドワインを頼んだ。
「高級官僚が安物のワインなんざ、よく飲むな」
と半分感心、半分呆れた様子で、キリトくんが言った。
「悪酔いしたい時にね、ぐーっと飲むのがいいんだよ」
ボーイがグラスとボトルを持ってきて、ゆっくり注ぐ。僕は礼を述べて、ボーイが立ち去るのを見届けてから、グラスに口をつけて湿らせる。ゆっくりと、レッドワインの酸っぱい味を堪能する。
「そういえば、君の味に似ているな。君のせ」
「だから言うなよ!!!!!!!」
そろそろやめておいた方がいいかもしれない。
そう思った頃に、前菜がぼちぼちとやって来た。
全てのメニューが揃い、食べ終えた頃には、レストランの客はほとんどいなくなっていた。
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