勇者がヘタレで臆病な場合。
□二十一話目
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「わぁ、広いねー」
宿のエントランスでシエルはクルクルと回りながら見渡した。
アミルが「ぶつかるよ」と注意する前に、どん…と鈍いぶつかり合う音が聞こえる。
尻餅をついたシエルは見上げて「あ、ごめんね」と、しゅんとした仔犬のような視線を送る。
ぶつかった相手は無事らしく、シエルを助け起こす。
聖職者らしい相手は黒い修道服に聖書を持っていた。
「…あら…あらあら…!」
眼鏡をかけた、薄く皺を刻んだ女性はシエルの両頬に両手を当てる。
シエルの髪を、目をじぃっと眺めていた。
「ジェミニさん、何しているのかな、あれ」
シエルが心配になったアミルはジェミニに訊ねる。
ジェミニは答える事は無かったが
「…聖職者さんですしね…」
と、独り言を呟いていた。
一方、聖職者の女性はシエルに声を掛けていた。
「ねぇ、あなた。どこからいらっしゃったのかしら?」
女性に、シエルは戸惑う事も恐れる事もなく答える。
「憶えてないよ」
相変わらず顔は女性の掌に包まれたままだが、強く掴んでいるわけじゃないからなのか、嫌がる素振りは見せない。
「そう…」
シエルの答えに対して、女性は哀れむような視線をそっと向けた。
優しい、母親の目と言うべきだろうか。
「わすれてしまう事は悲しい事? 哀れむ事?」
シエルはそう首をかしげた。
分からない事を直ぐに訊ねるのは、彼の癖なのだろうか。
アミルがそう思っている横で、ノエルはジェミニの視線が妙に鋭くなったのを見た。
「ええ、わすれてしまう事は…悲しい事なのよ、尊い子。わすれてしまったら、もう二度と逢えなくなってしまう人だっているの」
女性の言葉をシエルは反芻する。
それを口にも出して、反芻する。
「モウニドトアエナクナル…」
女性は「ええ」と短く答え、頷き。
時計を見て慌て出す。
「まぁ、ミサの時間だわ…また会いましょう、尊い子。」
女性はシエルに挨拶をすると小さく駆けだして行ってしまった。
それを見届けたジェミニは、ノエルにシエルを任せて宿屋の受付に向かう。
アミルもその後に従う。
「宿泊をしたいのですが」
ジェミニの容姿、その後ろのアミルの容姿を見て、従業員らしき人物は戸惑う。
「申し訳ありませんお客様…未成年者のみの宿泊は…」
「アミル・アルフレイドの一行です。」
従業員の言葉を遮って伝えると、従業員は目を丸くした。
「こんな子供が…いえ失礼いたしました…」
お部屋にご案内します、と驚きを隠せぬままといった様子で部屋に案内を始める。
アミルがノエルとシエルを呼べば、2人も部屋に向かって歩き始めた。