ー 恋文 ー
□9.早すぎた蛍 (前編)
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会おうと思わなければなかなか会えないもので、何度か見かけたくらいで特別、避けていたわけでもないのにあれから数週間が過ぎて月が変わる。
その間も、利吉くんはしょっちゅう来ていたようだった。
「…。」
夜、寝付けなくて部屋を出た。昼間の暑さが嘘のように湿度を含んだ風が通り抜けて涼しい。今日は月も星もあるのに何でだかいつもより闇が濃く感じられる。
「…蛍か…。」
私の目の前を一筋の光の線が通り抜ける。一匹だけ、早すぎたそいつは恋する相手を探して夜の闇にさ迷う。遠くで聞こえる蛙の大合唱に、もう少し遅ければこの蛙のようにたくさんの仲間に…愛しい相手にも出会えたのに。
そのままそいつに誘われるように池へ足が向いていた。
「あっ…。」
「…土井先生。こんばんは。」
向かう先に人の気配がして目を凝らすと薄い夜着に身を包み、池の前に立ちすくむ彼女がいた。思わずでた声に、彼女が振り返る。
平気だと思っていたのに胸が苦しくて。
「どうしたんですか?こんな夜中に一人で。」
「…なんだか、寝付けなくて。土井先生はどうされたんですか?」
「私も、です。」
隣へ並び苦笑いになる。それ以上、会話が続かなくて辺りにはまた蛙の合唱が響くだけになる。
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