彼岸花
□9.揺れる思惑 の段
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「伊作、いるか?開けるぞ。」
寝る準備をしていると、そう言って入ってきたのは小平太で。僕は一旦手を止めて彼に用を問うため衝立から顔を覗かせた。
「どうしたの?今日は鍛練じゃな……。」
どうにもらしくない、滅多に見ることのない、複雑そうなその彼の表情に何事かと僕は続く言葉をのむ。本を読んでいた留三郎も様子に何か気がついたように顔をあげ視線を小平太へ向けて動きが止まる。
「頼みがある。……ナナシサンを、部屋に送ってやってくれないか?」
小平太は一度瞳を閉じた後、僕を真っ直ぐに見詰めそういった。それは何か覚悟を決めたような声色で。
「……別に構わないけれど。何かあったの?」
「いや……頼む。今はまだ私の部屋で寝ているんだが、そのうち起きると思う。」
それだけ言うと「私は鍛練に行くから。」と部屋を出ていってしまった。たったそれだけを、どうしてあんなに思い詰めたように……。
「伊作。」
「え?あ、うん。ちょっと行ってくるよ。」
お互いになんか変だとは思いつつも口にはしない。僕も留三郎も話さなかったのなら、余計な詮索は不要だということはわかっていた。
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