宝物

□君ありて幸福
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何処の世界でも、季節は等しく流れているようで。
夏の茹だるような暑さの後に、幾つかの野分が通り過ぎていくと、季節はすっかり秋へと変わっていた。
昼間は蝉の声よりも、空を飛び交うトンボの数が増え、夜ともなれば秋の虫達の合唱が始まる。
移ろいゆく季節の中で、変わっていくのは風景だけか、それとも・・・・・・

此処、忍術学園でも夏休みが終わり、新学期を迎えていた。
親元へと帰省していた生徒達が次々と登校し、学園は一気に賑やかさを取り戻す。
事務員である名無しも、小松田と二人、朝から入門票と言う名の出欠確認に追われていた。
大半の生徒や学園関係者達が登校し、人も疎らになった頃、山田伝蔵と利吉が揃って学園に到着した。
だが、伝蔵の顔色は何処か優れず、利吉の表情も硬いままである。
道中何かあったのかと思いはすれど、其れをこの場で問うもの憚れる。

「おはようございます。山田先生。入門票にサインをお願いします。」

お決まりの挨拶と共に、バインダーを差し出せば「ああ。」と何とも重苦しい返事と共に伝蔵の顔が上がる。
不意に伝蔵と目が合い、彼の瞳が此方を見つめるが、長々と溜息を付かれてしまった。

「山田先生?」

「あ、ああ。すまん、すまん。」

「お顔の色が優れないようですが大丈夫ですか?」

その問いかけに、困ったような笑みを浮かべながら「すまんな。」と伝蔵が呟く。

「え?」

「あ、ああ、何でもない、何でも・・・な。」

そう言いながら、疲れたように肩を落としながら校舎へと足を運んでいく伝蔵の背中を見送った。
ふと、利吉はどうなったのだろうと振り返れば、バインダー片手に小松田に激怒していた。

「ああ、もう!しつこいな、君は!!放っておいてくれないか!」

普段、冷静沈着な利吉が此処まで感情を露わにするものも珍しい。

「だってぇ。山田先生も利吉さんも怖い顔しているじゃないですかぁ。
 何があったのかなって思って。道中で喧嘩でもされたんですか?
 も〜、親子喧嘩をするのは良いですけど、よそでやってもらえ・・・むぐぅ?!」

「小松田君!!」

怖いもの知らずで空気を読まない(読めない?)小松田の口を慌てて塞ぐ。

「名無しちゃん、いきなり何するのぉ?」

のほほんと返してくる小松田の目には、利吉の形相が見えていないのだろうか。
「触らぬ神に祟りなし」と言う言葉を知らないのかと言いたくなった。

「お、おはようございます、利吉さん。今日は学園長先生に御用でしょうか?」

名無しの声に、ほんの少しだけ利吉が表情が緩まった。

「ええ。少しばかり所用がありまして・・・失礼します。」

歯切れの悪い言葉と共に利吉が軽く頭を下げる。

「名無しさん、また後程。」

そう言い残して、利吉も学園内へと入っていく。
後に残された名無しは、ほ〜・・・っと安堵のため息を零したのだった。

「利吉さん、変なのぉ〜」

間延びするように聞こえてきた小松田の声に、思わず脱力する。

「小松田君・・・利吉さんが怒っていたのに気が付かなかった?」

「ほえ?山田先生に、でしょ?」

「小松田君にだよ!」

「ええ〜!何で〜〜?!僕、利吉さんを怒らせるようなこと何かしちゃったかなぁ?」

頻りに首を傾げる小松田に(駄目だ、こりゃ・・・)と天を仰ぐ。
如何やら彼は、自分が利吉の怒りに油を注いだことに気が付いていないらしい。
其れを一から説明したところで、理解してもらえるかどうかも定かではない。
もういいや・・・とばかりに溜息を零したところに、不意に肩を叩かれた。

「うわ、はい!」

慌てて顔を上げ振り返れば、半助が驚いたように目を見開きながら立っていた。

「おはようございます、名無しさん。その入門票にサインをしたのでよろしいですか?」

くすくすと笑いながら問いかけられ、一瞬何のことかわからないでいた。
そんな此方の様子に気が付いたのか、半助が「此れ」と言いながらバインダーをとんとんと指で叩いてくる。

「あ、あああ!そうです、お願いします!!」

慌てて差し出せば、半助は半助で、まだくすくすと笑っている。

「はい。書けたよ。」

「ありがとうございます。」

今度は半助から差し出された入門票に手を伸ばせば、不意に半助と目が合った。

「おはよう、名無しさん。新学期もよろしくな。」

「おはようございます、土井先生。こちらこそ、よろしく。」

ふわりと笑う半助の笑顔に釣られるように微笑み返せば「「「はいはいはい」」」と呆れたような声が響いた。
見れば、乱太郎、きり丸、しんべヱの三人組も一緒である。

「おはよう。乱太郎君、きり丸君、しんべヱ君。」

「「「おはようございまーす!」」」

「新学期もよろしくね。」

「「「はぁい!」」」

元気よく答えてくれる三人組に思わず頬が緩んでいく。

「ほらほら、お前たち。早く着替えて準備しないと間に合わなくなるぞ。」

少し急き立てるような半助の声に、不満そうに顔を上げたのはきり丸だった。

「土井先生ってば、久しぶりに名無しさんに会えたものだから俺たちがお邪魔なんだぜ。」

「え、そうなの?土井先生酷い〜〜。」

「ひど〜い。」

「あ、あのなぁ!誰もそんなこと言ってないだろうが!!」

三人組からの思いもよらない突っ込みに、半助が慌てふためいたように反論する。

「だって〜、夏休み中も、名無しさんが何処に居るのか気になって気になって仕方がなかったんすよ。」

「きり丸!!」(ゴン!)

「いってぇ〜〜〜」

目の前で繰り広げられる光景は、どう見ても小さな弟が兄をからかっているようにしか見えない。
微笑ましいと思う反面、内容が内容だけに顔に熱が集まってくるのが判る。
半助と名無しが同い年と言うのもあり、二人して、は組のからかいの的となっているのだ。
だが、名無しにとっては、半助の好意は厚意であり、迷い子に手を差し伸べてくれているのと同じものとして受け取られていた。

「ところで名無しさん、夏休み中はどちらに身を寄せられていたんですか?」

乱太郎の声に振り向き、ふふっと笑みを浮かべると「食堂のおばちゃんのところよ」と応える。

「おばちゃん直伝のお料理もいっぱい教わったから、機会があれば披露するね。」

その答えに乱太郎、しんべヱの二人から「「やったぁい!」」との声が上がる。

「土井先生〜、きり丸〜〜!名無しさん、夏休み中は食堂のおばちゃんの家に居たんだって〜。
 で、お料理もいっぱい教わったから今度作ってくれるって言ってる〜〜。」

しんべヱの声に、半助ときり丸の追いかけっこが止み、二人して此方に駆けてくるのが見えた。

「「本当ですか!?」」

その勢いのままに手を取られ、問いつめられては頷くより他はない。

「あはは。とは言っても、おばちゃんの腕前には敵いませんけどね。」

そんな名無しの声など聞こえていないのか、はしゃぐ四人の姿はお祭り騒ぎのようにも見える。

「あ〜、いいんだぁ。僕も〜〜。」

ぴとっと背中に張り付くように寄ってきた小松田に「はいはい。」と返事をしながらも、苦笑いが零れ出す。

「ほら!もうすぐ予鈴が鳴りますよ。土井先生もみんなも早く準備しなきゃ授業に間に合わなくなるよ!!」

「え?」

「うわっ!」

「大変!!」

鶴の一声ならぬ名無しの一声で、半助達も慌てて長屋へと駆け出していく。
賑やかな新学期が始まりを告げていた。



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