宝物
□君ありて幸福
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(半助視点)
辿り着いた教員長屋の自室では、伝蔵が苦虫を潰した様な顔で座していた。
「うわっ、山田先生、どうされたんですか?」
部屋に入るなり、その顰め面に睨まれたのだから半助としてはたまらない。
「山田先生?」
もう一度声を掛ければ、は〜・・・と大きな溜息を零しながら、伝蔵の頭が垂れていく。
長い沈黙の後、小さく絞り出すような声で、伝蔵が言葉を紡ぎ始めた。
「あのな・・・半助。」
「はい?」
「あ、いや、やはり此れは儂から伝えてもいいんだろうか・・・?いや・・・でも、何れは判ることだし・・・う〜・・・む・・・」
話を振っておきながら、今度は某五年生並みに悩みだした。
そんな伝蔵の態度に、話が見えない半助としては、何とも言いようがない。
何度も顔を上げ、何かを伝えたいかのように口を動かそうとするが、その度に何か思い留まる様に口を噤んでいく。
幾度となく繰り返される伝蔵の奇妙な行動に、いい加減不信感が募ってきた処に、ようやく覚悟を決めたのか伝蔵の拳に力が入ったのが見えた。
「あ〜、あのな・・・もうすぐ、きっと、いや多分、騒動が起きる。それが、お前さんに関係あるというか、無いというか・・・」
騒動が起きると聞いて、半助の背中を嫌な汗が走っていく。
新学期早々、授業が遅れてなるものかと言い返そうとした途端に、部屋の入り口の障子がスパン!と開けられた。
見れば、其処には真っ赤な顔をし、涙目になった名無しが、息を切らせながら立っている。
何事かと問う暇もないまま、名無しの体が一歩前に進んだ。
そうして、そのまま伝蔵の腕の中へと飛び込んでいく。
「山田先生!大変です!!利吉さんが壊れましたっ!」
「「はぁ!?」」
開口一番、そう叫ぶ名無しに伝蔵も半助も素っ頓狂な声を上げるしかなかった。
「名無しちゃん、利吉が壊れたってどういうことだい?」
未だ己の胸にしがみついたままの名無しに、戸惑ったように伝蔵が声を掛ければ「だから何でそうなるんですかっ!?」と他の処から声が上がる。
「利吉。」
見れば、部屋の入口のところで、利吉が少々憮然とした顔のまま突っ立っていた。
利吉の声と名前に、名無しの体が一瞬小さく竦む。
其れは、ほんの小さな動きであったけれど、伝蔵としては(やれやれ・・・)と思わざるを得ない。
(利吉の奴、無茶をしおったかな?)
そんな伝蔵の胸中を知ってか知らずか、利吉の表情は困惑顔然りと言ったところだった。
「あ〜・・・半助、利吉。悪いが席を外してもらえないか?儂が名無しちゃんから話を聞こう。」
伝蔵にそう言われ、半助と利吉は互いの顔を見合わせると小さく頷き合う。
「じゃぁ、利吉君。食堂にでも行こうか?」
半助から声を掛ければ、利吉も無言で頷き、連れ立って部屋を出て行ていった。
二人の気配が完全に長屋から消えた後、伝蔵は腕の中の名無しへと優しく声を掛ける。
「名無しちゃん、すまんな。莫迦息子が何を仕出かしたのかい?」と。
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