Novel

□禁断のなんとやら
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「ねえー女神様ー」


少し高めの声が俺を呼ぶ。
よく聞き慣れた男の声。
…本当はそんなこと、有り得てはいけないのだけれど。


俺に笑いかける目前の男は、悪魔だ。
所謂「悪魔みたいなひと」とかそういう形容詞ではなく、事実悪魔だ。
英語で言うとdevil。
鋭い犬歯に細く長くのびた尻尾、それから夜より昏い漆黒の翼。
今でこそ、こんなニンゲンみたいな格好はしているけれど。
彼は種族、或いは存在定義的な意味で、悪魔なのである。

そして加えて、こいつは異端の悪魔だ。
何故かって?
彼は女神である自分に「会いたいから」とかいう、よく分からない理由で会いにくるから。
全く奇妙な悪魔なのだ。

因みに俺が男なのに「女神」であることには、突っ込まないで欲しい。
そういうものである。





彼は、俺と会うために毎回何かを川に落とす。

「自分の大切なものをこの川に落とす」

それは女神を川底から召喚する儀式だ。
どこか曖昧な線引きで定義されたものだからだろうか。
彼の場合それはピンクの液体の瓶だったり、紫の硝子の心臓だったり、果ては星屑を捕まえた子竜の剥製だったりと、実に様々なものだった。
だが、どれも俺にはもの珍しく、きっと大切な物なのだろうと思えるもので。

だからこそ、不思議で仕方ない。
たかが俺と会うためだけに、そんなものを川に落としてしまっても良いのだろうか、と。
勿論、通常出会うはずのない女神と悪魔が会うためには、儀式であるその手順を踏まなければいけないのだけれど。


「…お前、暇なの?」
今回の贄も珍しいものだなぁ、なんて思いながら手渡す。
最初の方は真面目に「貴方は正直」云々のやり取りをしたが、もう何度も行いすぎて、いつからか馬鹿らしくなってやめた。
本当に暇なのかと疑う程に、こいつはよく俺に会いに来る。

「俺に、会うため」だけに。

うぬぼれではないとは思う。
だって、わざわざ「大切なもの」を見繕って、それを川に落として、それから俺に会うのだ。
面倒極まりないというのに。
そう考えるとよっぽど暇なのか、或いは酔狂なのかという結論に至る訳だ。

しかし、彼は俺の問いに目をぱちくりさせて言った。

「まさか。女神様、悪魔が別に暇じゃないことくらい、知ってるでしょ」

いや、知らないけど。
悪魔の仕事事情なんぞ、女神の俺が知るはずもない。
管轄違いも良いところだ。
けれど、だからこそ。

「じゃあ、なんで…」

理解出来ない。
彼が会いに来てくれることが嬉しくないと言ったら、嘘になる。
彼といると楽しい。
好きか嫌いかと言えば、絶対に言えないけれど間違いなく好きだし。
くだらない話をして、冗談みたいに口説いてくる彼を適当にあしらって、たまに不思議な空気になって。
誰にも秘密の、ささやかな逢瀬。

だけど、それでも俺たちは「悪魔」と「女神」だ。
…時折、嫌になるくらい。

禁忌。

交わってはいけない関係。
だから、分からない。


「ただ、女神様に会いたいだけだよ」
彼は、いとも簡単にそう言ってのけ、微笑う。
歌うように、囀るように、言の葉を紡いでいく。


だってさぁ、俺女神様好きだし、女神様の全部欲しいよ。
けど、出来ないってアンタは思ってんじゃん?
アンタが俺のために悩んでるそのカオ、最高にそそるんだ。


だから今はまだ、このままで。

『これからもどうぞよろしく』


触れるか触れないか、ギリギリに俺を翼に囲った悪魔が、耳元で囁いた。

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