一人じゃないよ、大丈夫だよ
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「なあチョッパー。あいつ、まだ起きねえのか?」
「うーん…。そろそろ起きる頃だと思うんだけど…。怪我もあるし、もしかしたらもう少しかかるかも」
薬研で薬を調合しているチョッパーに、少女を一番最初に目撃したウソップが尋ねた。
助けられてから一度も目を覚まさない少女は、医務室のベッドで丸三日眠りっぱなしだった。
甘い栗色の長髪が、昏々と眠る姿がまるで出来の良い人形のようで、どうも脳裏に焼き付いて離れなかった。
まだ声さえも聞いていない。今現在あの少女のことを知る者はいない。どこからか海に落ちてきた女の子。それだけだ。
「そろそろ、あの子の様子を見に行かないと。点滴の中身変えたりしなきゃいけねぇし。俺、ちょっと医務室行って…」
チョッパーがそう言って椅子から降りた途端、ばたん、と何かが倒れる音がした。
医務室の方から聞こえたその音に、チョッパーは急いで走っていってしまった。
「あ、おい、待てよチョッパー!」
ワンテンポ遅れてからウソップが追いかけていくと、医務室のベッドから落ちた少女に話しかけているチョッパーがいた。
「大丈夫だ!お前、まだ動いちゃ危ないぞ!」
「おいおいおい、そんな急に動いたら駄目だろ?」
細腕に繋がれている点滴の針を無理矢理引き抜いて、チョッパーの攻防を振り切って扉へ手をかけた。ふらふらとした足どりに不安しかなく、ウソップとチョッパーはその体を支えようと何気無く肩に触れた。
その瞬間、少女の目がくわっと見開かれ体ごと翻して二人の手をはね除けた。
「お前、このやろっ―――」
「……っ!」
ほぼ反射的に反論しようとしたウソップは、少女に向き直った途端に体がぴたりと動かなくなった。
大きく見開かれたままの目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。体が震えて、すっかり怯えてしまっている。
そんな姿に反撃する気も失せていた。
「あっ…その…ご、ごめんな?俺達はお前に何もしねぇぞ!」
「ちょっと疲れてるんだよな?大丈夫、ここはもう安全だぞ!」
手を差し出すと、後ずさって怯えられてしまった。ぼろぼろと溢れ続ける涙は次々床に落ちていく。どうしたらいいか考えあぐねていたその時、いきなり船へ波が押し寄せた。ざばん、と大きな音が聞こえたと同時に少女がドアを思いきり開けて外へ飛び出した。
「あっ!!待ってくれー!」
「落っこっちまうぞ!」
二人が駆け寄ると、息を切らした少女がゆっくり振り向いた。
相変わらず目からは涙がこぼれているが、表情には戸惑いが滲み出ていた。
「お前、覚えてねぇのか?」
「…?」
「おいおい、冗談だろ?お前、いきなり空から海に落っこちてきたじゃねぇか。派手に水飛沫上げて」
「………?……」
どうやら本当に覚えていないようで、二人がどんなに経緯を説明しても少女は首を傾げて不思議そうにしていた。記憶を失ったのか、あるいはこれは演技なのか。一瞬その二つが浮かんだが後者はありえないだろうと確信した。
あれだけ混乱しきっていた奴がそんな器用だとは思えなかった。
「ま、覚えてないならしゃーねぇな」
「そうだな!あ、そういえばお前、なんて名前なんだ?」
チョッパーがそう尋ねると、少女の表情が曇った。もしかして、名前を言いたくないのだろうか。誰かに追われているとか、お尋ね者とか?とチョッパーがぐるぐる考えていると、下から「オイ」と声がした。
「…チョッパー。そいつを部屋から出すな。
得体の知れねぇ奴を野放しにするほど俺は甘くねぇ」
「おいゾロ〜。そんな言い方ねぇだろ」
「そ、そうだぞ!それに、今この子混乱しちゃってるし、まだルフィに会ってないだろうからまずはルフィに会わねぇと…」
警戒心剥き出しのゾロへ弁明していたチョッパーがルフィの名前を口にした瞬間チョッパー達と少女の間に何かが突き刺さった。
それが刀だと分かった時には、チョッパー達は震え上がり少女は、ひゅ、と息を飲んだ。
階段を昇り刀を抜き取ったゾロは、そのまま切っ先を少女の方へ突きつけた。
「そんな怪しい奴をルフィに会わせるわけねぇだろ。お前、何者なんだよ」
「……」
「だんまりか?よっぽど知られちゃやべぇ奴か」
そうじゃない、と少女がゾロの方を向いたと同時に医務室の扉が勢いよく開いた。
「オイマリモ!!壁に刀刺してんじゃねぇぞコラァ!!…あぁ、おいチョッパー、あの子どこに……あ」
立ち尽くす少女と、サンジの目が合った。
「起きたかい?」と柔らかな声で話しかけられた少女は、急にその場へ座り込んでしまった。
「あ、あれ…?どうしたのかな?」
「オイ、立てよ」
ぐい、とゾロが肩を掴んで上を向かせた。
と、同時に四人の顔は驚愕の表情に変わる。
口元を押さえた少女の手からは、大量の血が滴り落ちていた。